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本当は、かめなしさんのことギューッて抱きしめたかったんだよ。
でも……あまりにも開き直ってるから、素直になれなくて。
「さっさとお風呂に入りなさい」
『えっ……?優香、俺の体洗ってくれるの?マジ?一緒にお風呂に入れるなんて、う……嬉しい。涙出てきたよ。う゛っ……よかったぁ。家出して良かったぁ』
私がかめなしさんと一緒にお風呂!?
や、やだ。入れるわけないでしょう。
汚れたスーツを脱がせるのも嫌だ。
スーツの下が毛むくじゃらなのか、お尻に尻尾が本当にあるのか、多少気にはなるけど、人間と同じ体の構造だとしたら、乙女にはムリムリ。
私はかめなしさんを母に託す。
『なんだよ、優香が背中流してくれるんじゃないの?』
「……っ、バカ!」
母が目をパチクリさせている。
「バカって、なによ?」
「……なんでもない。ママ、ゴシゴシ洗ってピカピカにしてね」
『どこをピカピカにすんだよ?』
かめなしさんはニヤリと口角を引き上げた。
「……バ、バカ!」
本当にくだらないんだから。
浴室からパシャパシャ水音がする。
『くはは、ママくすぐったいよ。そ、そこはダメだってば』
バ……バカ。
バカバカバカ……。
でも……
生きてて……よかったよ。
ホッとして気が緩み、瞳が潤む。
「すみません……。あの……」
美しい声がし、思わず振り返る。
その姿に驚愕した。
「……あ、あなたは……!?」
「はじめまして。上原優香さんですか?」
そこにいたのは、私と同じ容姿をしたあの女性だった。
髪型は違うけど、その顔立ちと体つきはまるで鏡を見ているようで、私は不思議な感覚に動揺している。
二年間も昏睡状態だった彼女が、一人でここまで来るなんて思えなかったからだ。
大体、どうして私の家がわかったんだろう。
様々な疑問が脳内を渦巻く。
「ナギです。タカのことで話があります」
柔らかな口調。
でも違和感は拭えない。
矢吹君のことって……?
私達が付き合っていたことを知り、わざわざ家に……?
私は……矢吹君の浮気相手……。
「……お体……大丈夫ですか?よかったら、私の部屋で話しませんか?」
「いえ、ここで……」
恋人の浮気を知り、怒りからここに押し掛けて来たと思っていた彼女が、にっこり微笑んだ。
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