【6】恋の方程式が解けない? 摩訶不思議。

恵太side

79

 ――優香に嘘をついた。


『……矢吹君が一方的に殴ったの?』


 そう聞かれ、本当のことが言えなかった。


『矢吹君がそう言ったから。恵太に彼女のことを知られて殴ったって……』


 矢吹がそう言ったのか。

 どうして、そんなことを言ったんだよ。


 本当は俺が悪いのに。


『……そうだよ。アイツは卑劣な男だ。もう拘わるな』


 優香をアイツから引き離したくて、昏睡状態の彼女に無理矢理逢わせ、優香を傷付けた。


 卑劣なのは、矢吹じゃない。

 俺の方だ……。


 ――四月三日、頭部の治療もあり恵法大学附属病院に向かう。


 美子は社会人として入社式に挑んでいるはず。俺も本来ならばこんなことに、時間を費やしている暇はない。


 頭部の怪我は軽症だ。

 医師の診断通り、数日もすれば治るだろう。


 この病院の五階に、目覚めた彼女がいる。


 きっと……矢吹も病室にいるのだろう。


 迷ったものの、俺の足はエレベーターに向かう。下降してきたエレベーターの扉が開き、目の前に矢吹の姿があった。


「……矢吹」


「中原、怪我はもう大丈夫なのか?本当に申し訳なかった。このエレベーターは下に降りるけど、乗るのか?」


「……あっ、うん」


 本当は五階に行くつもりだったが、エレベーターに乗り込み一階に降りる。


「俺、売店に行くんだ」


「……お、俺も売店に行くんだ」


 言いたいことは山ほどある。

 聞きたいことも山ほどある。


 それなのに、なに緊張してんだよ。


 矢吹は売店でパンや缶コーヒーを購入し、俺も目の前にあった缶コーヒーを掴む。


「……彼女、目を覚ましたのか?」


 矢吹の手が止まり、俺を見つめた。


「どうしてそれを知ってる」


「……昨日、優香が病院に戻ったあと、病室に連れて行った」


「上原を凪と逢わせたのは、中原だったのか」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る