77
タクシーが病院の前に停まる。タクシーを降りると、入り口の前に恵太が立っていた。
「恵太……」
「ここに戻ってくると思ってた」
「私を……待っててくれたの?おばさんは?」
「母ちゃんは電車で帰るって。車、駐車場に置いてってくれたから家まで送るよ。その前に、優香に逢わせたい人がいるんだ」
「……逢わせたい人?」
「矢吹から聞いたんだろう」
恵太は私の手を掴み、エレベーターに向かった。
「恵太……痛いよ」
恵太は無言でズンズン歩き、エレベーターに乗ると五階のボタンを押した。
矢吹君は恋人がこの病院に入院していると言った。恵太が逢わせたい人は、矢吹君の恋人……。
「……恵太、帰ろう。私……逢いたくない」
「優香、現実から目を逸らすな」
「……恵太、やだ。帰ろう」
「優香!アイツは優香を騙してたんだ」
「もう聞きたくない……」
泣きながら首を左右に振る。
恵太は私の腕を掴んで離そうとしなかった。
――エレベーターの扉が、静かに開いた。
私は恵太に腕を引っ張られ、病棟の一番奥に位置する病室に近付く。病室の中に視線を向けると、酸素マスクを付けたまま眠っている人がいた……。
私は恐る恐る彼女に近づき細い手に触れた……。
すると……彼女の体がキラキラした白い光に包まれた。
驚いていると、彼女の指先が微かに動いた……。
「恵太、今の……な、なに?」
鼓動のように、ピクンピクンと動いている指先……。
思わず……
息をのんだ。
その人が、あまりにも自分によく似ていたからだ。
眠っている瞼がピクピクと動き、長い睫毛が揺れている。
酸素マスクの下でくぐもった声が……漏れた。
「……た……か……』
ゆっくりと……
瞼が開く……。
その焦点はまだ宙を彷徨い定まってはいないが、誰かを捜しているようだった。
恵太は慌ててナースコールを鳴らす。
暫くして、バタバタと医師と看護師が病室に入る。
「君達は?ご家族ですか?ご親族ですか?」
「……い、いえ。し、失礼します」
恵太は私の手首を掴むと、逃げるように病室を去る。エレベーターが待てなくて、階段を駆け降りた。
息が上がり、トクン、トクンと鼓動が跳ねる。
昏睡状態だった彼女が……
目を覚ましたんだ……。
――彼女が……
最初に呼んだ名前は「たか」、矢吹君の名前……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます