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 タクシーが病院の前に停まる。タクシーを降りると、入り口の前に恵太が立っていた。


「恵太……」


「ここに戻ってくると思ってた」


「私を……待っててくれたの?おばさんは?」


「母ちゃんは電車で帰るって。車、駐車場に置いてってくれたから家まで送るよ。その前に、優香に逢わせたい人がいるんだ」


「……逢わせたい人?」


「矢吹から聞いたんだろう」


 恵太は私の手を掴み、エレベーターに向かった。


「恵太……痛いよ」


 恵太は無言でズンズン歩き、エレベーターに乗ると五階のボタンを押した。


 矢吹君は恋人がこの病院に入院していると言った。恵太が逢わせたい人は、矢吹君の恋人……。


「……恵太、帰ろう。私……逢いたくない」


「優香、現実から目を逸らすな」


「……恵太、やだ。帰ろう」


「優香!アイツは優香を騙してたんだ」


「もう聞きたくない……」


 泣きながら首を左右に振る。

 恵太は私の腕を掴んで離そうとしなかった。


 ――エレベーターの扉が、静かに開いた。


 私は恵太に腕を引っ張られ、病棟の一番奥に位置する病室に近付く。病室の中に視線を向けると、酸素マスクを付けたまま眠っている人がいた……。


 私は恐る恐る彼女に近づき細い手に触れた……。

 すると……彼女の体がキラキラした白い光に包まれた。

 

 驚いていると、彼女の指先が微かに動いた……。

 

「恵太、今の……な、なに?」


 鼓動のように、ピクンピクンと動いている指先……。


 思わず……

 息をのんだ。


 その人が、あまりにも自分によく似ていたからだ。


 眠っている瞼がピクピクと動き、長い睫毛が揺れている。


 酸素マスクの下でくぐもった声が……漏れた。


「……た……か……』


 ゆっくりと……

 瞼が開く……。


 その焦点はまだ宙を彷徨い定まってはいないが、誰かを捜しているようだった。


 恵太は慌ててナースコールを鳴らす。

 暫くして、バタバタと医師と看護師が病室に入る。


「君達は?ご家族ですか?ご親族ですか?」


「……い、いえ。し、失礼します」


 恵太は私の手首を掴むと、逃げるように病室を去る。エレベーターが待てなくて、階段を駆け降りた。


 息が上がり、トクン、トクンと鼓動が跳ねる。


 昏睡状態だった彼女が……

 目を覚ましたんだ……。


 ――彼女が……

 最初に呼んだ名前は「たか」、矢吹君の名前……。




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