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―恵法大学附属病院―
おばさんは処置室の前で看護師と話をしている。処置室に視線を向けると、恵太の頭には包帯が巻かれ簡易ベッドの上で瞼を閉じていた。
思わずベッドに駆け寄り、恵太の体に縋り付いた。
「……恵太!恵太!いやだ!死なないで!」
「……んあ?」
恵太が間抜けな声を発し、瞼を開き驚いたように私を見つめた。
恵太が死んでしまうと勘違いした私は、恵太が瞼を開け「ひゃあー」と、悲鳴を上げる。
「……恵太、生きてるの?」
「は?優香!?俺を殺すなよな。母ちゃんまで、どうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもないよ。恵太が怪我をしたって聞いて、慌てて駆け付けたんだよ。二十二歳にもなって、何、やってんのよ。優香ちゃんも心配してたんだからね」
「……母ちゃんごめん。大したことないのに、病院が大袈裟なんだから」
「何が大袈裟なのよ。さっき看護師さんから聞いたわよ。屋上で殴られたそうじゃないの。警察沙汰になるなんて、情けない」
「……警察沙汰?何のことだよ」
「恵太を殴った人よ。警察に任意同行したみたいよ。CT検査で異常なかったからよかったものの、とんでもないわね。こういうことは決して許されないわ。ちゃんと処罰してもらわないと、加害者を許しては再犯しかねないもの」
「母ちゃん!矢吹が警察に任意同行って本当か」
『矢吹』と聞いて……
全身から血の気が引いた……。
「……恵太、矢吹君が警察って?暴力事件の加害者って、矢吹君なの!?」
「そーだよ」
矢吹君……。
行かなきゃ……。
矢吹君のところに……
行かなきゃ……。
ベッドから離れ後退りすると、恵太が私の手首を掴んだ。
「……優香、行かないでくれ。警察署には俺が電話する。矢吹が罪にならないように電話するから、行かないでくれ」
矢吹君が連行されたのは、同区の警察署に違いない。
「……ごめん」
私は恵太の手を振り解き、処置室を飛び出した。病院の前でタクシーに乗り込む。同区の警察署に飛び込み、婦人警察官に「矢吹君に逢わせて下さい」と、泣きながら頼んだ。
婦人警察官は困り果てた顔で私を見つめた。
「……上原、何やってんの」
振り向くと、そこには警察官と矢吹君が立っていた。
「……矢吹君」
警察官は矢吹君の肩をポンと叩いた。
「被害者から電話があり、暴行の経緯は聞いた。被害者は軽症であり、被害届は出さないそうだ。もう二度とこんな事件は起こさないように、いいね」
「……はい。どうもすみませんでした」
矢吹君は警察官に深々と頭を下げ、私に視線を向けた。
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