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「……中原?」
「……っ」
俺はキャップを目深に被り、その場を逃げ去る。エレベーターのボタンをピコピコ押すが、エレベーターはなかなか上がって来ない。
「中原だろ。どうしてここに?」
「……風邪を拗らせたんだよ。そしたら矢吹を見つけて……」
「そっか。今から診察なのか。あとで話がしたい」
「……話?何の話だよ」
「
「……」
エレベーターの扉が開き、俺は乗り込む。見てはいけないものを見てしまった気がして、矢吹と視線を合わせることが出来ない。
「正午に病院の屋上で待ってる」
腕時計の針は十時半を回っている。
「検査すっから、正午には行けねーよ」
「来るまで待ってるから」
「待っててもムダだ」
エレベーターの扉が閉まった。
俺は二階のボタンを押し、内科外来の受け付けに行く。待合室にはたくさんの患者がいて、あとどれくらい時間が掛かるのかわからない。
――凪……。
美しい横顔……。
体格も華奢だった。
やはり女性なのか……。
何か深い
矢吹には入院中の彼女がいる。
それなのに、優香に……。
重篤な彼女にそっくりな優香。
優香は……彼女の身代わり……。
「中原さん、採血のあと、レントゲン撮影に行って下さい。採血は二階にありますが、レントゲン室は三階になります」
「……はい」
看護師に言われるまま、コホコホと咳をしながら採血に向かう。
屋上になんて行くもんかと思っていたが、優香の気持ちを
――全ての検査を終え、診察を受ける。
レントゲンの結果は異常なし。血液検査の結果は、白血球の数が若干多いものの、肺炎ではなく、急性気管支炎との診断だった。
院内の薬局で薬を待つこと四十分。
時計の針に視線を向ける。すでに一時半を回っている。
矢吹はもう屋上にはいないだろう。
そう思いつつも、俺の足は自然とエレベーターに向かっていた。
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