恵太side
70
―三月三十一日―
キャンプで風邪を引き、拗らせてしまった俺は、心配性の母の勧めで新宿区にある恵法大学附属病院に行くはめになる。
咳がゲホゲホ止まらず微熱もなかなか下がらず、大学病院で念のために検査することになった。
初診受付で一時間も待たされ、体調が悪いのに、さらに悪化しそうだ。
「中原さん」
「はい」
やっと名前を呼ばれ、受付に行く。
「お待たせしました。二階の内科外来に行って下さい。エスカレーターを上がって右側に内科外来の受付があります」
「はい」
これから内科外来でまた長時間待たされるんだろうな。採血やレントゲンも撮るに決まってる。家で寝ていた方がマシだったよ。
キャンプで優香に木っ端微塵に振られ、美子に『ごめん』って謝ったら、『恵太のバカ』と泣き出し、どうしていいのかわからず、眠れない夜が続いた。
優香や美子にLINEできず、電話で声を聞くことも、フラリと家に行くことも出来ず、あの二人が自分にとってどれほど大切な存在だったのか気付く。
この体調の悪さは、あの二人に恨まれているからに違いない。優香のやつ、俺のわら人形作って呪ってないだろうな。
カルテを受け取り、エスカレーターに向かう。ふと、前方に視線を向けると、そこには矢吹の姿があった。
「……矢吹?どうしてここに?」
アイツも風邪を引いたのか?
キャンプで優香を車に誘いあんなことをするから罰が当たったんだ。
矢吹はエスカレーターではなく、エレベーターに向かった。エレベーターに乗り込んだ矢吹の後を追い、上昇するエレベーターの階を見つめる。
エレベーターは五階に止まった。五階は入院病棟だ。
「……どうして入院病棟に?」
俺は内科外来には行かず、エレベーターに乗り込み五階のボタンを押す。
エレベーターは静かに上昇し、扉は開いた。左右を見渡すが、矢吹の姿はなくどこに行ったのかわからない。
マスクにキャップ。入院病棟の中をウロウロと彷徨く俺は、明らかに不審者だ。この階は個室ばかりだ。でもドアにある名札を見ても、心当たりがあるはずもない。
右の一番奥の病室に近づいた時、スライド式のドアが開いた。矢吹が花瓶と花を持って洗面所に向かう。
その隙に……
部屋の名札を読み取る。
「……
そっと室内を覗き込む。
開け放たれた窓から吹き込む風で、白いカーテンがサワサワ揺れている。
「……えっ?」
そこには……
ショートヘアをした中性的な魅力を持つ人物が眠っていた。瞼は閉じられたままで、男性か女性か区別がつかない。
酸素マスクを装着し、心電図が波形を描き、ピッピッと機械音を鳴らしている。あきらかに、その人は昏睡状態に思えた……。
鼓動がトクトクと速まり、全身から血の気が引く。
――その横顔が……
優香にそっくりだったからだ。
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