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矢吹君は私を椅子に座らせ、自販機で缶ジュースを買ってくれた。
「少しは落ちついた?」
矢吹君の顔を見て、安心したんだ。
一人じゃないって、安心したんだ。
「……みんなは就職するから、スポーツクラブを辞めたの。誰も言ってくれなかったから、私だけ継続して……寂しかったんだ」
「俺がいるよ。俺もスイミング始めようかな。そしたら、上原と一緒に泳げるし」
「……私はレディース専用時間だから。それは無理だよ」
「レディース専用か。女装しなきゃダメかな」
「じょ、女装!?」
矢吹君のジョークに、思わず笑みが漏れた。
「やっと笑ってくれた。俺と付き合い始めて、上原はずっと寂しそうな顔をしてたから。笑ってくれてホッとしたよ」
「……矢吹君」
「上原は中原や田中さんのことが大好きなんだなって、よくわかった。中原も田中さんも上原のことが大好きなはず。きっとまた、以前みたいに仲良くなれるよ」
そうかな……。
恵太はもう私のことなんか、相手にしないよ。
美子だって……
LINEはずっと既読にならない。
「俺もね、二年前にあることがきっかけで、仲間がバラバラになったんだ。関係を修復したいけど、それも出来ない状態なんだ。上原はまだいいよ。中原も田中さんもすぐ傍にいる」
「……矢吹君?」
矢吹君が友達の話をしたのは初めてだった。日本には友達がいないと言っていたから。
矢吹君も辛いことがあったのかな……。
私よりも、もっと辛いこと……。
矢吹君はどこか遠くを見つめている。
その瞳の奥は、苦悩に満ちている。
「バラバラになったって、逢ってないの?」
「一人とは連絡取り合ってる。ほら、渋谷で一緒だった彼だよ。もう一人は行方不明だったけど、やっと見つけた。でも、もう一人は……」
「もう一人?」
「いや、何でもない。せっかく来たんだから、トレーニングして帰ろう。俺がずっと見てるから、上原は一人じゃないよ」
「……うん。そうだね。泳いで気持ちをすっきりさせる。矢吹君、ありがとう」
みんなが私から遠ざかったとしても、矢吹君だけは……傍にいてくれる。
それだけで……
心があったかい。
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