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 矢吹君とかめなしさんの視線が重なった。矢吹君には猫にしか見えないはずなのに、まるで人間を見ているかのような眼差しだ。


 私の……気のせいだよね。

 自分が人間に見えるからって、矢吹君にもそう見えるはずはない。だって、みんなには猫にしか見えないんだから。


「お帰りなさい。恵ちゃん、いつもありが……」


 車のエンジン音を聞き、家から出て来た母は、恵太だと勝手に決め付け、白いピカピカのポルシェと、イケメン矢吹君の姿に……固まっている。


『ママ、ただいま。ママ、どうしたんだよ?コイツは優香の友達だ。いや、ストーカーかな。俺が優香を守るから、心配しなくてもいいよ』


「か、かめちゃん。一緒に連れて行くなら行くって、そう言ってよね。事故にでも遭ったんじゃないかって、パパとすっごく心配したんだからね」


 母はかめなしさんをギューッと抱き締めた。


『ママ、ごめん。優香を悪い虫から守るには、こうするしかなかったんだよ。俺は正義のヒーローだからな』


 矢吹君はチラッとかめなしさんを見て、母に会釈した。


「初めまして。矢吹貴と申します。優香さんとお付き合いさせていただいています。宜しくお願いします」


「……えっ?優香と……お付き合いですか?優香と、付き合ってるんですか!?ゆ、優香の彼氏!?」


 母は目を見開き、素っ頓狂な声を上げた。


「……ゆ、優香、一体どこでこんなイケメンを捕まえたのよ」


「やだ、ママ。矢吹君とはスポーツクラブで知り合ったの」


「まあスポーツクラブにイケメンが泳いでいたの?矢吹君、よかったら上がってお茶でもどうぞ」


「ママ、矢吹君は用事があるから。ね、ね」


 矢吹君を家に上げるなんて、とんでもない。母の餌食になってしまう。


 思わず、矢吹君に目で合図する。


「……そうですね。今日はご挨拶だけで。また寄らせていただきます」


 矢吹君は爽やかな笑みを浮かべ、母にお辞儀をした。


『ちぇっ、早く帰れよな。どこがイケメンなんだよ。俺の方がイケてるっつーの』


 矢吹君が再びチラッとかめなしさんに視線を向けた。かめなしさんが一瞬怯む。


「矢吹君、ありがとう。また、スポーツクラブでね。バイバイ」


「じゃあ、上原またな。おばさんお邪魔しました」


 矢吹君はポルシェに乗り込み、颯爽と立ち去る。


 母はかめなしさんを抱きながら、ウットリした眼差しで見送っている。

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