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ボート乗り場に着くと、矢吹君は洋子に謝った。
「ごめん。上原と乗りたいんだ」
「いいよ。私達二人で乗るから。矢吹君、あとで、私と乗ってくれない?」
「宮地さんと?いいよ」
……っ、何であっさりOKするの。
誰でもいいみたいで、嬉しさが半減しちゃう。
赤いペダルボートに、矢吹君と二人で乗り込む。
狭い空間に二人きり。
かなり照れ臭い。
「ペダルボートだなんて、小学生以来。小学生の時にね、父と乗ったことがあるの。ボートのペダルが故障して動かなくなって、父はオロオロするし、怖くて不安で、池の真ん中でワンワン泣いたんだよ」
「それって、トラウマになってるとか?ごめん。ボートが苦手だったとは思わなくて」
「いいの。この池は狭いし、矢吹君が隣にいるから」
矢吹君は私を見つめニコッと笑った。
「こうでもしないと、二人きりになれないからね」
矢吹君の言葉に、鼓動がトクトク走り出す。
私達のボートの後ろで、「キャーキャー」と黄色い悲鳴が響く。洋子と恵だ。
ペダルボートは左右に大きく揺らぐ。
何やってんだか……。
「賑やかだね。ここでも二人きりにはなれそうにないな」
「……矢吹君」
矢吹君は左手で、スッと私の手を握った。
私達のボートの後ろには、洋子のボートが続いている。
矢吹君と手を繋いでいるところを見られたら、何を言われるかわからない。
嬉しさよりも、額に冷や汗が滲む。
「……や、矢吹君。洋子に見られたら……」
「あっ、ごめん。嬉しくてつい暴走したみたい……」
矢吹君は照れ臭そうに笑った。
「上原の猫、俺のこと嫌ってるみたいだね。ずっと威嚇されてる。いつから飼ってるの?」
「……二年前から。かめなしさんは女の人はいいんだけど、男の人が苦手なんだ」
「男嫌いなんだ。猫なのに、上原に近付く男に嫉妬してるのかな。それとも俺に敵意があるのかな」
かめなしさんの姿は、矢吹君にもやはり猫にしか見えないようだ。
「まさかバッグに入り込んでるなんて気付かなくて。道理で重いと思ったんだ」
矢吹君は楽しそうに笑ってる。
「気付かなかったなんて、上原らしいね。スポーツバッグの中で寝てたのかな?車の中で鳴き声しなかったよね」
「うん」
スポーツバッグのファスナーの隙間から、じっと私達を見つめ、息を潜めて盗み聞きしていたかと思うとゾッとする。
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