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矢吹君がクスリと笑う。
「何か買ってくるよ。何がいい?」
「……じゃあ、矢吹君と同じもので」
「わかった。ちょっと待ってて」
矢吹君は再びカウンターに行き、アイスコーヒーを注文した。
矢吹君の前で、ズズッと音を鳴らすなんて、本当にかっこ悪い。
「お待たせ」
矢吹君は私の目の前に、アイスコーヒーを置く。
「……ありがとう。お金……払うね」
「いいよ。初めてのデートだよ。コーヒーくらい奢らせてよ」
「デート!?」
思わず大きな声を出し、周囲の視線を感じ両手で口を押さえる。
「上原って、中坊みたいだな」
矢吹君は楽しそうに笑ってる。
大学卒業したのに、高校生から中学生に格下げだ。
「……中学生じゃないよ」
「そんなことわかってるよ。可愛いなって思っただけ」
私が……
可愛い?
全身青コーデで、『鯖みたい』だって、恵太に言われたのに。可愛い?
それって……
やっぱり子供扱いしてるのかな?
それとも、矢吹君は鯖が大好物とか?
「キャンプのこと、みんなに内緒だなんて、二人だけの秘密みたいで、ちょっとドキドキするな」
「……うん。ごめんね。恵太が煩いから、当日まで黙ってて」
「ずっと気になってたんだけど。中原と付き合ってるの?」
「付き合ってないよ」
「中原のこと、下の名前で呼んでるから」
「幼稚園からの幼なじみなの。だから、親友って言うか、腐れ縁って言うか……。鈍感で、ヘタレで、できの悪い兄弟みたいな感じ」
「そうなんだ。てっきり上原の特別だと思ってた」
「と、特別だなんて。絶対にあり得ないから。今日だって私の服装見て、鯖みたいだって言ったんだよ。女子に鯖だなんて、デリカシーの欠片もないんだから。美子が好きになるなんて、信じらんない」
「田中さんが中原のことを?なんだ、そうなんだ」
「……まだ恵太は美子の気持ち知らないの。鈍感だから気づいてないの。だから、私から聞いたなんて……言わないで」
なんて、口が軽いんだろう。
美子の気持ちを、矢吹君にペラペラ話すなんて。
矢吹君といたら、嘘なんて吐けない。
大きな瞳で見つめられたら、つい本当のことを話してしまう。ずっと前から、友達だったような、安心感があるから……。
「何でも話してくれて嬉しいよ。上原から聞いたこと、誰にも言わない。約束する」
矢吹君が私の目の前に、小指を差し出した。私はその小指に、自分の小指を絡める。
「指きりげんまん」
トクン、トクン、鼓動が早まる。
全身がポッポッと、熱くなる。
まるでホッカイロを全身に貼り付けられたみたいに、赤面し汗が噴き出す。
「あれ?優香じゃない?」
聞き慣れた声に、慌てて指を離す。
「矢吹君と……?えっ?どーして?」
まずい。
洋子と恵だ……!?
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