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「えっ?かめちゃんどうして食べないの?具合悪いの?」
母が心配し、膝の上に抱きかかえた。
明らかに、その構図はおかしい。
「ねっ、優香。かめちゃん元気ないよね?具合悪いのかな?病院に連れて行こうかな?救急で診てくれるかな?」
『救急病院?いいよ……行かなくて。俺、病院嫌いなんだよ。注射しても治らないから。だって、これは恋の病なんだ……』
「はぁ?今、何て言ったの?」
『こ い の や ま い』
かめなしさんの色っぽい眼差しと言葉に、私は絶句する。
「優香、聞いてるの?救急病院で診てくれるかなって言ってるの。一緒についてきて」
母はオロオロしている。
かめなしさんは『恋の病』だと言った。完全に人間を馬鹿にしている。
「ママが甘やかすからだよ」
私はかめなしさんの手を掴み、器の前に座らせた。
「ふざけたことばかり言ってないで。早く食べなさい。ママは心配性なの知ってるでしょう」
『いや……今日はいらない。食欲ないんだ。好きな人に冷たくされると、人間みたいに食欲減退しちゃうんだよな』
「いつまで拗ねてるのよ。ちゃんと完食したら、いつものアレやってあげるから」
『えっ……?アレ?本当にしてくれるの?』
かめなしさんが瞳をキラキラさせ、私を見つめた。
綺麗な瞳……。異世界ファンタジーのNAITOに見つめられたみたいに、トクンと鼓動が跳ねる。
「は、早く食べなさい」
『はいっ!喜んでいただきます』
いつも上品に手で掬って食べるかめなしさんが、器に顔を突っ込みガツガツと食べ始めた。母が目を丸くして、その様子を見ている。
「かめちゃんどうしたの!?優香の言うことはよく聞くのね。あらあら、そんなに急いで食べなくても、お代わり欲しければまだあるからね」
母は安心したように、目を細めかめなしさんを見つめている。
かめなしさんは一気に食べ終えると、私の前でゴロゴロ転がり始めた。人にしか見えない私にはその様子がお笑い芸人のギャグにしか見えない。
「引くし……」
『アレ早くやってよ』
「か、かめなし、かわい……」
指先でかめなしさんの首を少しだけ触る。
『何それ?ふざけてんの?いつも通りにやってくれる約束だろう』
一瞬、かめなしさんが睨んだ。
四つん這いでお尻を振り、今にも私に飛び掛かりそうだ。完全に戦闘体勢に突入している。
ていうか、イケメン台無しだし。
「もし噛み付いたら、もう一生触れないから」
『えっ……。いつもジャレてるのに、それもダメなのか?』
かめなしさんは私に飛び掛かるのを諦めて、またゴロゴロし始めた。その異様な光景が、イタい、イタすぎる。
もしも私がスルーしたら、延々とゴロゴロするんだよね?仕方ないな……。
「かめなし、可愛い……くない」
私はいつもより少し強めに首や頭を撫でた。
『いた、痛たた。猫みたいに爪立てんな。もういいよ。全然愛情こもってないし、俺、ママにしてもらうから』
かめなしさんは少しふて腐れて、母の膝に座った。母に優しく撫でられ、目を細めて喉を鳴らした。
母の膝に座る大人の男性。
しかも喉をゴロゴロ鳴らしている。
その様は、ホラー映画より怖い。
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