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「何だよ、アイツ。優香も美子も知ってたのか。ていうか、何で優香と話してんの?女にキャーキャー言われて、ちょっとイケメンだからって、調子に乗ってんじゃないよ」


 恵太は口を尖らせて、ブツブツ言ってる。美子はそんな恵太を見ながら、少し寂しそうな顔をした。


 二十分間、恵太の文句を聞きながら自転車のペダルを漕ぐ。


 矢吹君と二人だけで話をしたのは、ほんの数分だったのに、今でもドキドキが止まらない。心なしか体温も上昇している気がする。


「優香、大丈夫?今日少し泳ぎ過ぎたかな?フラフラしてるよ」


「だ、大丈夫。次は金曜日だよね」


「うん。また電話するね。バイバイ。ほら、恵太、帰るよ」


 美子に促され、恵太は膨れっ面のまま自転車を走らせた。


 自転車をカーポートに置き、二人に手を振る。体がフワフワして地に足が着かない。


「ただいま」


『優香、お帰り。あれ?顔が赤いよ。プールなのに逆上せたのか?それとも、俺と逢えて赤くなってんの?可愛いな。ハグしてやるよ』


「そうじゃなくて。今日、素敵なことがあったの」


『す、素敵なこと?何だよ。教えろよ』


「だーめ。かめなしさんに教えたら、素敵な想い出が壊れちゃう」


『わ、何だよそれ。超、ムカつくんだけど』


 私は携帯電話を取り出し、矢吹君の電話番号を見つめる。逢ったばかりの矢吹君に、こんな感情を抱くなんて、きっとどうかしてる。


 その日の夕食は激辛カレーだったけど。その辛さも甘く感じるくらい私は変だった。


「優香、スポーツクラブもいいが、就活はどうなってる?まだ内定もらえないなら、パパの得意先に頼んでやるが。事務職なら、職種は何でもいいんだろう?どうせやりたいこともないんだ。結婚までの腰掛けなら、どの企業でも構わないだろう」


 職種は何でもいいわけないじゃない。

 結婚までの腰掛けといわれたら否定出来ないけど、でも働くからには美子みたいにやり甲斐のある職場がいい。


「コネはいや。もう少し自力で頑張ってみる。仕事決まるまで、家事手伝いするから」


「そうか?新卒で就職しないと、ますます難しくなるからな。パパの紹介する会社も新卒募集は三月末迄だから、そのつもりで」


「わかった。パパありがとう」


 大学卒業したのに、内定をもらえていない私は、居候になった気分。


 悪いことは何もしていないのに、負い目を感じる。さっきまでの昂揚感は、父との会話で泡のように消えた。


 居心地が悪くなり、さっさと入浴を済ませニ階に上がる。


 リビングで母と寛いでいたかめなしさんが、私の様子を気にしてか後を付いてくる。


「ストーカーみたいに、ついて来なくていいってば」




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