17

 ――飼い猫に、唇を奪われた。

 数え切れないほど、かめなしさんとキスをしているが、それは猫だからであって、今のような姿ではない。


「きゃああー!」


 リビングのドアが勢いよく開き、私は顔面を強打する。


「……っあ」


「あら、優香お帰り。ごめん、ドア当たっちゃった?どうせ、赤鼻だから変わらないよね。ボーッとしてるからよ。美子ちゃんと何かあった?喧嘩でもしたの?」


「……美子と喧嘩なんてしないよ。ママ、かめなしさんを二度と二階に上がらせないで。夜は一階の物置に閉じこめてね」


「は?どうしてそんな可哀想なこと言うかな。そんなこと出来るはずないでしょう。ねぇかめちゃん、ご飯だよ」


『はい。ママ、いつもすみません。ゴチになります。ママのご飯サイコーなんだよな。でも、物置だけは勘弁して下さい。俺、閉所恐怖症なんです』


 よくいうよ。

 猫缶やドライフードは、誰が用意しても同じ味ですから。


「誰が閉所恐怖症なの。狭い箱とか、スーパーの袋とか、大好きなくせに」


「優香?閉所恐怖症がどうかしたの?箱とかスーパーの袋とか、ママは好きで集めてるわけじゃないのよ。ゴミ処理に再利用するためだからね」


 そんなこと、わかってるよ。


 かめなしさんを睨みつけ、小声で脅す。


「……二度とあんなことしないで。今度強引にキスしたら、この家から追い出すからね」


『この家はパパとママの家だよ。パパもママも俺を追い出したりしないよ。優香こそ、ニートなんだからママに追い出されないようにな』


 ニートだなんて。

 私が一番気にしている単語。


 母はいつものように、猫用の器に猫缶を入れる。ツナとしらすか。毎日変わり映えしないな。飽きないのかな。


 かめなしさんは器の前に正座し、『いただきます』と両手を合わせる。


 私は自分のお椀を掴み、お味噌汁をかめなしさんの器にジャーと流し込んだ。


『うわ、何すんだよ!俺のディナーに、味噌汁ジャーって、ジャーって』


 かめなしさんは目を見開き、めちゃめちゃ憤慨している。


「その方が栄養満点でしょう」


『まじかよ。猫が味噌汁好きだなんて、誰が決めたんだよ。俺はね、グルメだから、こんなの食えないから。ママ、見てよ。これ、ヒドくない?これじゃあぐちゃぐちゃだよ』


「あら、優香に味噌汁入れてもらったの。よかったね。じゃあ、ご飯もサービスしちゃおうかな」


『うわっ、や、やめろ。さらに白米なんて入れるな。ゲッ!削り節をトッピングするなんて、これじゃ、猫マンマだろう。俺は猫マンマが一番嫌いなんだよ』


「ぷぷ……」


 私にキスをした罰だよ。

 今夜のディナーは猫マンマ。

 栄養満点だ。


「食べれば」


『わかった。遠慮なくいただくよ』


 カプッと彼が食いついたのは、猫マンマではなく私の足首だった。


「きゃああー……」


 あたしの足首に、かめなしさんの歯形がくっきりついたのは、言うまでもない。

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