10

 「変態!」


 彼はニヤリと口角を引き上げおもむろに起き上がり、ベッドから飛び降りる。その俊敏さは猫そのもの。


『俺はいつもと同じなんだけど。我慢出来なくなったらいつでも言えよ。俺は優香が人間でも、全然気にならないから』


 ドアノブを掴みこちらを振り返り、彼はウインクをした。トクンと鼓動が跳ねる。


 ヤバい。

 ドキドキしてる。


 頭からすっぽり布団を被り、気持ちを落ち着かせようとするが、夢と現実の区別がつかず、悶々とするばかり。


 それでもこの悪夢から覚めるために、意地でも寝てやろうと、瞼を閉じる。


 きっと目覚めたら、いつものかめなしさんに戻っていると信じて。


 ◇


 昼過ぎ、幼なじみの田中美子たなかみこが家に来た。


 美子は私の幼なじみで、同じ大学を卒業し、銀行のインターンシップに参加し内定をもらったラッキーガールだ。


 美子は近所でも評判の清楚系美人だが、それを鼻にもかけず、性格はおっとりしていて、私に言わせればだ。


 私はみんなから、『精神年齢中学生』とか、『童顔』とか、『干物女子』とか、散々言われているが、自分にその自覚はない。だが大学を卒業したのに、未だに女子高生に間違えられることもあり、休日はダラダラと一日中パジャマで過ごしたりと、全否定は出来ない。


「おばさん、こんにちわ。優香いますか?」


「美子ちゃんいらっしゃい。優香、美子ちゃんが来てるのよ。早くしなさい」


 ベッドでゴロゴロしていた私は、母の声に飛び起きる。


 い、いけない。

 もう……昼なんだ……!?


 慌てて洋服に着替え、机の上に視線を向けると、食べかけのトーストが置かれていた。イチゴジャムがたっぷり塗られたトーストだった。


 夢の中で見たトースト……。

 ま、さ、か、ね。


「優香ー!」


「わかってるってば。今、降りるから」


 ベッドの上にも、室内にもかめなしさんはいない。


 ――あれは、夢だ。夢に決まってる。


 一階に降りると、そこには……!?


『美子、今日も綺麗だよ』


 彼は美子の長い髪に指を伸ばす。


「かめちゃん、こんにちは。可愛い。猫なのに、ほんとイケメンだよね」


 美子が玄関先で彼に抱き着いた。母はその様子を見て微笑んでいる。


 あれは……

 夢じゃなかった……!?


 再び目覚めても、彼はここにいるのだから。

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