6
「かめちゃん、ご飯よ。早くいらっしゃい」
『はい。いつもすみません。ありがとうございます』
彼は私の前をスッと横切り、キッチンの床に正座し餌の入った器をジッと見ている。
まさか、食べないよね?
あれは猫缶のマグロとタイだ。
彼は私の視線が気になったのか、チラッと振り返った。母はキッチンの床に彼が正座しているのに、素知らぬ顔で食器を洗っている。
これって、某テレビ局のドッキリに違いない。『もしも飼い猫が人間になったら?』ってアレだ。
私はそんなのに引っかかったりしない。
どこにカメラを仕掛けたのかしらないが、テレビ局が期待するような、リアクションなんてしないんだから。
こうなったら、無視だね。
『いただきます』
彼は器に顔を近づけ、クンクンと匂いを嗅ぐ。
うわ、まじで?
無名俳優も大変だな。
テレビとはいえ、猫缶まで食べちゃうの?それとも、猫缶に見せた別の食べ物なのかな。
彼は器に右手の人差し指と中指を突っ込み、まるでスプーンのように餌を掬うと、ペロペロと舐めた。かめなしさんも右手で餌を掬い、器用にペロペロと舐めて食べる。
確かにそっくりだけど、彼は人間だ。
よくやるよ。
私は彼を横目で見ながら、冷蔵庫から牛乳を取り出しグラスに注ぐ。こうなったら、この状況はスルーするしかない。
……待って。テレビ撮影なら、私が何を言っても母は断れないはず。これはチャンス到来かも。
「ねぇママ。今日、
「またなの?もう勘弁してよ。この間もだったでしょう?」
「だって、色々付き合いがあるの。就職したら、今みたいに遊べないし。ねっ、お願いします!」
「お小遣いせがむ暇があったら、早く就活しなさい。美子ちゃんは大学卒業までに内定がもらえたのに、卒業したのに就職先が決まってないなんて、優香だけだよ。家事手伝いなんて、我が家にはいりませんからね」
「私は家事手伝いでもいいけど。家事労働を給料に換算したらかなり貰えるみたいだし」
「ダメダメ。ママはタダ働きしてるんだから。家事手伝いに給料なんて払えません。もうしょうがないな。五千円だけだからね」
「サンキュー、助かった」
『まだ親に寄生してるのか?大学卒業したのに親に金をせびるなんて、どこまで依存してるんだ。就職出来ないならバイトしろ。いい加減自立しろよな』
「……は、はい?」
小馬鹿にしたような声に、視線を向ける。
大学は卒業したけど、いまだに就活中だ。即ち、今は無職。正直、就活に疲れ干からびている。
彼が空っぽになった器をペロペロ舐めながら、ジッとこちらを見ていた。
そんなことまでして、テレビに出たいの?私なら絶対にNOだ。
そんなことまでして、働きたくない。
私のことが言えるのかな。大人なら、仕事、選びなさいよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます