『やだな。俺だよ、優香。打ち所が悪かったのか?アタマ大丈夫?』


「……ん!?」


 私は目を見開き、マジマジと彼を見つめた。


 と言われても、どちらのなのか、さっぱり思い出せない。


「どちらのさんでしょう?」


『俺は。優香の恋人だろ。毎日、熱烈なキスをしてるくせに忘れたのか?っていうか、どうせ俺の話なんて聞こえてねーよな』


 こ、こいつは変質者だ。

 人間なのに、猫の『かめなし』だと堂々と名乗った。


 どうして、飼い猫の名前まで知ってんのよ。


 どうして、毎日キスしてること知ってんのよ。


 どうして、かめなしさんと同じ首輪つけてんのよ。


 ストーカー?盗撮?盗聴!?

 変態、変質者!?


「ママ!知らない人が家に入ってる!泥棒ー!変質者ー!警察に通報してー!」


『知らない?俺のこと?俺は今はだよ。変質者って人聞きが悪いな。警察だなんて、たとえ優香でも、それは許さないよ。、お仕置き』


 私の悲鳴を聞きつけ、母がダイニングルームから顔を出す。


「変質者!?やだ、誰もいないじゃない。寝ぼけてんの?馬鹿な事言ってないで、しっかりしてよね。ねぇ、かめちゃん」


 彼が爽やかな笑顔を母に向けた。

 母と彼が見つめ合っている。


『ママ、今日も綺麗だね。大好きだよ』


 か、か、彼が、母に返事をした。

 母にも彼が見えているはず。


「ほ、ほら……。今、目の前にいる人だよ。知らない人でしょう」


「優香、いい加減にしなさい。かめちゃんが『ニャー』って言っただけでしょう。朝っぱらからママをからかわないで。早く顔洗って、目を覚ましなさい」


 彼は私を見つめニコッと笑った。


 母はのことをいつものように『かめちゃん』と呼んだ。彼はその呼びかけに笑顔で答えた。


 ということは、私の頭がおかしいのだ。

 私にはかめなしさんが、猫ではなく人間に見える。しかも『ニャー』ではなく、日本語を話している。


 階段から落ちた衝撃で、私の脳が異変を起こしているに違いない。だから、有りもしない幻覚と幻聴が……。


 目の前にいるものは幻覚だと信じ、洗面所で顔を洗う。


 かめなしさんが人間の姿となり、日本語を喋るわけないよね。


 頭……すっきりさせなきゃ。

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