第23話「対峙し相克するは、自分」

 摺木統矢スルギトウヤ苛烈かれつなGのくさりが縛り上げる。

 極薄ごくうすのパイロットスーツに張り巡らされた補助システムが、血流を制御しようと作動する。

 きしむ身体の痛みに耐えながら、統矢を乗せた97式【氷蓮ひょうれん】サード・リペアが突き進んだ。巨大なサハクィエルに穿うがたれた、小さな傷跡を抉るようにつらぬ羽撃はばたく。グラビティ・エクステンダーで【樹雷皇じゅらいおう】の力を受け、何層もの特殊装甲をブチ抜いてゆく。


「抜いたッ! ここは……格納庫ハンガーか!?」


 愛機に生えて広がる翼の光が、そのオレンジ色の輝きが消えてゆく。

 グラビティ・エクステンダーで受信できるエネルギーには、限りがある。フルパワーで仕えば、180秒ほどで尽きてしまうようだ。【氷蓮】の背で、バシュン! と音を立ててシステムが冷却ハッチを全開放フルオープンさせる。

 しばらくは使えそうもない。

 だが、おかげで敵の中枢深くへと統矢は辿り着いた。

 そして……足元の光景に改めて、パラレイドの正体をめる。


『敵機侵入! 第八格納区だ、保安員を!』

『駄目だっ、機体を回してくれ! 損傷機も奥へ退避、退避ーっ!』

『艦内のシステムを一部カット! 艦内の防衛部隊は現場へ急行せよ!』


 足元に今、人間達が走り回っている。

 必死の形相ぎょうそうは、まるで侵略者を見る恐怖に凝り固まっているようだ。

 今まで、統矢達がパラレイドを見てきた、あのおびえた視線だ。

 それを受ける統矢は、はっきりと認識した。

 やはり、パラレイドの正体は人間……違う世界線の未来から来た同じ地球人なのだ。


「クソッ、どけどけぇ! ウロチョロしてると踏み潰すぞ!」


 言葉にできぬ苛立いらだちが、荒げた吐息を熱くがす。

 狭いコクピットの中で、残酷な現実に統矢はえた。

 巨大な【グラスヒール】を引きずる【氷蓮】の隻眼せきがんが、凶暴な光を湛えて周囲を見渡す。装甲の上で自動小銃アサルトライフルの弾丸が歌った。無駄とわかっていても、同じ人間として抵抗を見せるパラレイド達。

 そこには、圧倒的な物量差に押し潰されてきた自分達の過去が重なった。

 だが、容赦せず統矢は【グラスヒール】から二丁の大型拳銃を引き抜く。

 極力人間を踏まぬようにして、周囲に待機した機体を次々と破壊していった。


「どれだけの量を搭載してるんだ……ッ! 新手が来たか!」


 警報と共に隔壁が閉じる中、奥から無数のアイオーン級がやってくる。

 人型でパイロットが操縦するエンジェル級は、出てこない。

 どうやらこのサハクィエルに搭載されている兵器も無尽蔵むじんぞうではないようだ。だが、それでも数で押し寄せるビームの嵐が、あっという間に【氷蓮】をかすめて包む。

 統矢は迷わず敵の中へと飛び込んだ。

 強力な光学兵器を持つパラレイドに対しては、白兵戦が有効だ。無人兵器といえども、同士討ちを避ける。無人だからこそ、システムは安全マージンの許容範囲内でしか戦えない。ふところに入れば勝機は常についてくる。

 そして、今の統矢は一人ではなかった。


辰馬タツマ先輩っ! あそこに統矢殿がいます! 統矢殿、発見であります!』

『よっしゃ、沙菊サギク! 全部っちまえ! 直接支援砲撃ダイレクトカノンサポートだ!』

『ラジャーッ!』


 背後に頼もしい声が響く。

 そして、狙いすました砲撃が統矢の左右に巨大な火柱を屹立きつりつさせた。89式【幻雷げんらい改型伍号機かいがたごごうきに乗る、渡良瀬沙菊ワタラセサギクの援護である。

 同時に、白亜に輝くフェンリル小隊の旗機ききが、統矢の背中を守るように飛び込んできた。

 恐らく皆、各自突破口を切り開いて侵入したのだろう。

 阿吽あうんの呼吸で統矢は、五百雀辰馬イオジャクタツマと背に背を預けて周囲を薙ぎ払う。


「辰馬先輩っ! 他は!」

『ティアマット聯隊れんたいは損耗が四割を超えちまった! が、道は切り開けてる……ここは押せ押せだぜ! なあ!』

「あんまり突っ走らないでくださいよ! 俺、桔梗キキョウ先輩に泣かれるの……嫌ですからね!」

『ヘッ、言うじゃねえか、統矢! ここはいい、奥へ行けっ!』


 奥からは一回りも二回りも大きい、砲戦タイプのアカモート級が姿を現す。高出力の大口径ビーム砲を背負ったその姿が、統矢をロックオンする直前にぜ散った。

 背後からの狙撃は、御巫桔梗ミカナギキキョウ改型弐号機かいがたにごうきだ。

 そして、真紅しんく稲妻いなずまが突き抜ける。

 紅蓮ぐれんと燃える影が、その俊敏な機動で敵機を次々と無力化してゆく。迅速じんそくに、そして丁寧ていねいに、雌雄一対しゆういっついの大型ダガーを刺し込み黙らせてゆく。


『ほらっ、統矢! 行って! ぼやぼやしてるとしりを蹴っ飛ばすわよ!』

「お、おう……サンキュな、ラスカ」

『な、何よ……勘違いしないでよねっ! アンタ見てるとイライラすんだから! だから、さっさと行けって言ってるの! ……もやもや、するじゃんか』


 あまりにも一方的、舞うような鏖殺劇おうさつげきだった。

 五百雀千雪イオジャクチユキの操縦がごうならば、ラスカのそれはじゅう……彼女が踊らせる機体は、まるで一繋ひとつなぎのなめらかな曲線を描くように躍動する。死の導線どうせんに並べられた敵は、爆発すら許されず次々と崩れ落ちるしかない。

 頼もしい仲間達に背を押され、統矢はさらに奥へと進んだ。


「……こりゃ、まさに要塞ようさいだな。だからこそ、ここでとす! でも……これだけのもので、連中は勝てないのか……とやらに」


 道中、巨大な区画を通過した。

 それは、戦艦の中にいることを忘れさせる空間だった。

 ベルトコンベア状のラインが並ぶ中で、今も稼働を続ける……それは、パラレイドの兵器工廠へいきこうしょう。このサハクィエルは、それ自体が移動基地であると同時に、エンジェル級を含む全兵器の生産工場なのだ。

 必死で逃げ惑う人間達に目をつぶって、容赦なく統矢はビームを浴びせる。

 戦闘を想定していない場所だけあって、あっという間に火の海になった。自動消火装置が可動するのを嘲笑あざわらうように、燃え広がった炎が嵐となって人々を飲み込んでゆく。

 違う世界、違う時代の者達とはいえ、人間の死が装甲越しに統矢をあっしてきた。

 だが、阿鼻叫喚あびきょうかんの悲鳴と絶叫を聴きながら、突き進む。

 やがて、何度かエンジェル級と遭遇して撃破する先に……先ほどとは違う格納庫が現れた。そして、そこには攻撃用とは異なるシャトルらしき機体がエンジンを暖めている。

 何かしらの要人ようじんが脱出する準備をしている、そう知った瞬間だった。


『97式【氷蓮】……懐かしいものだ。改めて目にすると、あの日の怒りと憎しみが思い出されるよ』


 声が、響いた。

 そして、統矢は見た。

 奥のフロアに、兵士達に守られた一人の男がこちらを見上げている。

 それを見た瞬間、統矢は言葉をかなぐり捨てる声をほとばしらせた。


「摺木統矢ぁぁぁぁっ! 未来の俺……いやっ! 違う俺の可能性! お前は……お前はあ! 生かしてはおけないっ!」


 身をていして、多くの兵士達が敵の統矢を守っていた。

 死を覚悟し、一秒でも時間を稼ごうとする銃弾がむなしく機体表面で弾ける。

 目を見開く統矢の視界には……未来から来た過去の自分がいた。

 そう、パラレイドの首魁しゅかい……摺木統矢大佐は、幼い頃の自分に瓜二うりふたつだった。そして、あの日……北海道が消滅した時の自分がどんな目をしていたかを思い出させる。

 そこには幼い顔立ちに奈落ならくのようなひとみを見開く幼少期の自分がいた。


「そうか……俺も、いや、あんたもっ! リレイド・リレイズ・システムを!」

『そうだ。我が宿業しゅくごう悲願ひがん成就じょうじゅさせるため、人類の未来を救うため……死をも超えた輪廻りんねの果てに私はここに立っている』

「抜かせっ! どんな大義名分があろうと、なあ……他者に犠牲をいる男が、何を成し遂げられるってんだ! 人の命を使った力じゃ、何も守れるもんか!」


 ゆっくりと統矢が、【氷蓮】に銃を構えさせる。

 この銃爪トリガーで全てが終わる。

 ビームのつぶてを浴びれば、奴は間違いなく蒸発、消滅するだろう。だが……リレイド・リレイジ・システムが即座に摺木統矢を蘇らせる。遺伝子情報の欠損で大人を忘れながら、再びこの世界に戻ってくるのだ。

 次元転移ディストーション・リープは、空間だけではなく時間をも超える。

 だが、無限に分岐して存在する過去と未来の、その無数の中の一つを選ぶことはできない。。しかし、それを限定的に可能にするのがリレイド・リレイズ・システムである。


おろかな過去の私よ。気付いているはずだ。リレイド・リレイズ・システムは、一度転生した世界線の座標を記録し、続く者達をみちびける。お前の世界はすでに、私が救世きゅうせいのために人類覚醒をうながす場所に選ばれたのだ』

御託ごたくを、並べるなぁ!」


 思考が吹き飛ぶ中で、激情が込み上げる。

 だが、今まさに統矢が一度全てを終わらせようとした瞬間……背後から銃撃が襲った。


『統矢様っ! 今、行きます! お守りします……この身、この命にえても!』

『レイル・スルール大尉、ありがとう。アレの使用を許可する。すまないね、私のかわいいレイル。さあ、DUSTERダスター能力に選ばれし戦士達よ……戦え! 真の敵へと向ける、その力を競って研ぎ澄ませ!』


 振り返る統矢の【氷蓮】を、小さな翼がかすめる。

 先程撃破した、メタトロン・エクスプリームのコアユニットだ。メタトロンは特殊なセラフ級、始まりのセラフ級と呼ばれている強力な戦略殲滅兵器せんりゃくせんめつへいきだ。その特徴は、コアユニットが生き残る限り、全てのデータと経験、そしてDUSTER能力を高めてゆくレイルを持ち帰り……次のボディを得てパワーアップするのである。

 そして、統矢は高い天井を見上げた。

 小さな戦闘機でしかないコアユニットが、変形しながら光を放った。


『統矢っ! 統矢様はやらせない……統矢様はボク達の希望! 人類の救世主メシアなのだ!』

「寝言は寝て言えっ! 俺達の世界を滅茶苦茶めちゃくちゃにしておいて、何が……うっ!?」


 格納庫の両脇で、厳重にシーリングされていたコンテナが爆発した。

 そして……ゆっくりと変形しながら巨大な構造物が持ち上がる。

 それは、いかつい装甲に身を包んだ巨人の上半身と下半身。

 顕になる頭部には、ツインアイの上に口を開けた砲口がまるで第三の目だ。張り出た肩や胸は、先程のメタトロン・エクスプリームよりさらに重装甲に見える。

 レイルの絶叫が、二つのパーツを空中へと吸い寄せた。


『はあああっ! Aパーツ、Bパーツ……フルコントロール! 合体っ! メタトロン・ゼグゼクス!』


 阻止を試みた統矢の射撃が、ぬなしく宙を通り過ぎる。

 合体時の攻撃をレイルは、DUSTER能力による可能性の網羅もうらによってすり抜けた。あせって攻撃した統矢と違って、守るべき者の死を前にして……自分の死以上に重い死を感じて、レイルのDUSTER能力が肥大化ひだいかしたのだ。

 そして、ズシリと全高20mクラスの熾天使セラフが立ち塞がる。

 以前にもまして禍々まがまがしく、神々こうごうしいその勇姿へ、迷わず統矢は絶叫と共に愛機を押し出した。

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