第24話「未来を、叩け!」

 再び新たな姿へと合体した、その名はメタトロン・ゼグゼクス。以前のメタトロンが騎士キャバリエ然とした高貴さをたたえていたのに対し、今の姿は憤怒ふんぬ闘士グラディエーターだ。その手が、巨大な二連装にれんそうのライフルを向けてくる。

 すでにもう、レイル・スルールはサハクィエルの中だからと手加減はしてこない。

 苛烈かれつな光がほとばしって、先程まで97式【氷蓮ひょうれん】サード・リペアがいた場所を蒸発させる。

 戦慄に震えながらも、摺木統矢スルギトウヤDUSTERダスター能力が極限の一瞬を引き伸ばしていった。


「どけぇ! レイルッ、そいつを……俺を、殺させろぉぉぉぉっ!」

『させないっ! 統矢様は、ボクの、ボク達の、希望なんだっ!』


 振り上げた【グラスヒール】が風を切る。

 ありったけの力で叩き付けた、単分子結晶たんぶんしけっしょう巨刃ギロチンが金切り声を歌った。メタトロンは両腕のシールドでそれを受け止め、わずかに巨体を揺るがした。

 三倍近いサイズ差、そして何十倍もの質量差があった。

 だが、今の統矢にはその全てが無意味なものだ。

 操縦桿スティックに内包されたGx感応流素ジンキ・ファンクションが、裂帛れっぱくの気合を吸い上げ機体を躍動させる。

 見守る誰もが思った筈だ。DUSTER能力者同士の、極限の戦い……それは、ただただひたすら無防備をぶつけ合う、脚を止めての殴り合いだ。お互いに全ての動作が予測でき、その全てに対応できる状況。それは皮肉にも『』という愚挙ぐきょを演じさせていた。

 統矢とレイル、二人にしかわからない時間が圧縮されてゆく。

 その中で、決してわかり合えない二人の溝が深まっていった。


『統矢、お前は知らな過ぎるっ! ボク達がどんな思いで異星人と、巡察軍じゅんさつぐんと戦ってきたか……奴等が人類に、ボク達に何をしたかっ!』

「知らねえよっ! お前の過去は、俺達のこれからだ……お前達と同じあやまちを犯すつもりはないし、俺達は俺達で未来に向き合う! 勝手に人様の未来名乗ってんじゃないよ!」

『……なら。教えてあげるよ……統矢』

「何を……ガァッ!?」


 力と力は互角、ともすれば統矢が押していたかもしれない。

 だが、互いが駆る機体の差は如何いかんともしがたい。統矢の、【氷蓮】のリーチは全高に匹敵する巨大な剣、【グラスヒール】だ。だが、その長さをかしても、メタトロンの射程圏内で戦わなければいけない。

 マッシブな巨体を使って、レイルはジリジリとプレッシャーをかけてくる。

 その、当たれば即死という攻撃の中に踏み込まねば、こちらの攻撃は届かない。

 そして、危険な領域テリトリーに踏み込んでの激突は、あっけなく終わった。

 メタトロンは軽々と片手で、【氷蓮】の腕を掴んで吊し上げた。


「クッ! 右腕部のラジカル・シリンダーが、死ぬっ! クソォ!」

『統矢……統矢は、さ……お腹の中、まわされたこと……ある?』

「右手が動かない! 【グラスヒール】がっ」


 ガラン、と乾いた音を立てて大剣が落ちた。

 しかし、ミシミシと軋む機体の中で、統矢は警告音と真っ赤な光に包まれていた。モニターを埋め尽くす警告メセージの奥で、メタトロンの双眸が光る。断罪だんざい熾天使セラフは今、その額に眩い輝きを集め始めていた。

 どうやら新型のメタトロンは、頭部に高出力のビームキャノンが搭載されているらしい。

 死を呼ぶ光の中で、レイルの声が凍ってゆく。


『死ねないんだよ? 統矢……奴等の実験動物になると……死ぬことすらも、許されない』

「……悪ぃ、【氷蓮】ッ! あとで千雪チユキに怒られてやるから、堪忍かんにんしろよ!」


 メタトロンにぶら下げられたまま、統矢は決断した。

 全身を使って【氷蓮】は、自らの右腕を引き千切ちぎる。身を裂かれる思いで、統矢は機体の両足を使って右腕を捨てた。自由になって落下する中、どうにか愛機を立たせる。

 見上げれば、既に臨界りんかいを迎えた光を湛えて、メタトロンが見下ろしていた。


『溶液の中で、生かされ続けて……色々、実験されるんだあ。ボクは、ボクはね……膨らんだお腹から、出てきたよ。何だと思う?』

「……レイル、お前は」

『人間じゃ、なかったよ……それはね、ボクのお腹で育った、奴等の!』


 転がる【グラスヒール】を拾いながら、統矢は【氷蓮】の傷付いたボディを投げ出す。

 同時に、メタトロンから烈火れっか奔流ほんりゅうあふれ出た。

 周囲を真っ白に染める、圧倒的な火力。

 その中で統矢は、不気味な笑い声を聴いていた。

 自分の声がここまで耳障みみざわりだとは思わなかった。


『フハハハッ! そうだ、レイル大尉。お前は連中に玩具おもちゃにされ、人間としての尊厳そんげんを奪われた! ならば、取り返せ! そのためにこの私が、お前をみちびく!』

「くっ、そがあああああああっ!」


 内側から完全に破壊され、サハクィエルが崩壊を始めた。

 だが、その中で多くの兵達に守られながら……パラレイドの首魁しゅかいが去ってゆく。堂々と、ゆっくりと歩いて去る背中が、揺らぐ炎の向こう側へと消えた。

 そして、白煙を巻き上げながらメタトロンが見下ろしてくる。

 隻腕せきわんになってしまった機体で、統矢は【グラスヒール】を杖に立ち上がる。


流石さすがにやばい……モーメントバランス調整、左右コード反転……左腕に【グラスヒール】じゃ重過ぎる。……チィ!」


 メタトロンは、その手に握った【氷蓮】の右腕を捨てる。そして、背に突き出た円筒状えんとうじょうのユニットを引き抜いた。耳障りな高周波をらして、発信されたビームが刃をかたどる。それも、今までのメタトロンとは比較にならない巨大な光の剣だ。

 それをゆっくり、メタトロンが振り上げた。

 既に溶けた金属の海と化して、足場は完全に失われたに等しい。今も崩落し続ける巨艦きょかんの中で、統矢は迫りくる死を見詰めて……そして、声を聴いた。


『統矢君っ! 私の力を……この子の力を、使ってください!』


 五百雀千雪イオジャクチユキの声と同時に、ほどけた包帯スキンタービンを揺らす【氷蓮】が宙へ舞う。外からグラビティ・ケイジで引っ張られる感覚が、今度は【氷蓮】の背中に翼を屹立きつりつさせた。

 千雪の【ディープスノー】から、グラビティ・ケイジのパワーが流れ込んでくる。それを受けて、今までデッドウェイトでしかなかったグラビティ・エクステンダーが再び唸りを上げた。巨大な重力力場じゅうりょくりきばが、機体より鮮やかな紫炎色フレアパープルに燃え上がった。


『くっ、五百雀千雪……また邪魔を! どこだっ!』

貴女あなたの相手は私だと言いました……邪魔です』


 メタトロンが振り返ると同時に、ドン! と巨体が揺らぐ。

 それは、。武道の心得があるので、千雪の拳は物質と空間を超えた先へと拳圧を『』ことができる。いわゆる遠当とおあてとか短勁たんけいと言われる技術だ。

 そして、突き抜けた衝撃に遅れて、外側から壁がめくれ上がって引き裂かれる。

 その影から、ゆらりと禍々まがまがしい姿が現れた。

 頭部に走る六つの瞳が、メタトロンをにらむ。


『そんなガラクタでぇ! ボクのメタトロンに勝てるとでも思ってるのか!』

『統矢君、そっちにパワーを回します……飛んでください!』

『またボクを無視してっ! お前は……どうしていつも、統矢にも統矢様にも付きまとって! 邪魔して! お前こそが、りんな様を失った統矢様に必要だったのに!』


 メタトロンは、こっちも見ずにビームのやいばを奮ってくる。周囲ごとはらう光の津波の、その上へと統矢は愛機を押し出した。

 片手で【グラスヒール】をぶら下げ、それを背のさやへと一度収める。

 チャンスは一度しかない……グラビティ・エクステンダーは一度作動させると、【氷蓮】に重力場を与え、機動力と運動性を飛躍的に向上させる。だが、それは180秒の間だけだ。


「れんふぁの時と重力場の色が違う……いやっ、今はいい!」


 何度も行き交う構造物に激突し、機体が揺れる。

 羽撃はばたく翼がグラビティ・ケイジを形成して、半壊した【氷蓮】を守ってくれた。

 そして……真上に突き抜け、内側からサハクィエルを喰い破る。青い空の下へと飛び出て、統矢は眼下に巨体を見下ろした。

 熾烈しれつな対空砲火を巻き上げながら、サハクィエルは両肩の主砲を発射しようとしていた。

 ゆっくりと、その人型に変形した巨躯きょくが下へ……ニューヨークへと向く。


「させ、るっ、かあああっ! 【グラスヒール】、アンシーコネクト……モードスラッシュ! フルドライブ、臨界ッ……オーバードライブッ!」


 鞘ごと振り上げた【グラスヒール】から、限界を超えた光が天をく。

 二丁のビームガンによる粒子フォトンを圧縮する鞘が、内側から砕けて割れた。

 そのまま統矢は、真っ直ぐサハクィエルへと運命の一撃を振り下ろす。

 宿命の鎖さえ断ち切る、覚悟の斬撃だった。

 100%の出力を大きく超えて、遥か彼方へと伸びる光の刃……それが、縦に巨艦を両断した。真っ二つになったサハクィエルは、爆発を連鎖させながら左右へ割れてゆく。

 しかし、その中から憤怒ふんぬの熾天使が浮かび上がった。

 そして、大地に着地するなり、統矢を乗せたまま【氷蓮】は動かなくなった。


『統矢……ボクは、統矢様によってあの施設から救い出されるまで……地獄を見てきた。死ぬより辛い絶望の中、死ねない業苦ごうくがボクにDUSTER能力を開花させたんだ』

「よせ、レイル! もうよせ……奴は逃げた……お前を置いて逃げたんだ」

『違うっ! 僕が逃したんだ! 統矢様は、これからの地球に必要な人! ボクに必要なひとなんだから!』


 再びメタトロンの頭部が光を集め出した。

 だが、【氷蓮】は既に動けない。

 そして、周囲にはティアマット聯隊れんたいの97式【轟山ごうざん】が集い始めた。皆、方陣ほうじんを敷いて40mmミリカービンをメタトロンへと向ける。

 セラフ級を前に、それは虚しい抵抗でしかなかった。

 それでも、身動きの取れない統矢を見捨てようとする大人は、そこにはいなかった。


「やめろ、逃げてくれっ! 俺はもう動けない! 巻き込まれるぞっ!」

『黙ってろ、小僧こぞう! よし、4機来い! 小僧の機体を確保、後退する』

『撃って撃って撃ちまくれ! 数秒でいい、奴の注意をひきつけろ!』

美作総司三佐ミマサカソウジさんさから、入電! ……最後の、命令? 摺木統矢を……小僧を守れってか!』


 それは奇妙な光景だった。

 チャージをしながら、重々しい足取りでメタトロンが歩み寄ってくる。

 かつて御巫重工みかなぎじゅうこう次期主力量産機じきしゅりょくりょうさんきの座を争った、無数の【轟山】がたった一機の【氷蓮】を救おうとしている。だが、無情にもメタトロンは、頭部からバルカン砲を放った。

 重金属のつぶては、まるで紙屑かみくずのようにパンツァー・モータロイドを千切ちぎいた。


「クソォ、もうやめろぉ! レイル・スルールッ!」

『統矢、なら……ボクと来いっ! 本当の敵は別にいるんだ、それを――』


 不意にメタトロンが、振り向いた。

 その視線の先で、暗い光輪こうりんを背に背負って……鉄拳を構えた殺意が降ってくる。

 フェンリルの拳姫けんきは、その両肘りょうひじに生えたGx超鋼ジンキ・クロムメタルのブレードで敵を一閃いっせんした。

 ズシャリと【ディープスノー】は、深海色の巨体を着地させる。

 同時に、メタトロンの頭部がバツの字に傷をきざまれ爆発していた。


『またかっ、五百雀千雪! ……まあいい、統矢様は無事だ。また来るよ、統矢……いつか、いつかは……統矢とは絶対、わかりあえるから』

『私とれんふぁさんの前で、そんな言葉……許しませんから』

『そうだった、れんふぁ様をたぶらかしたな……統矢様の大事な家族を!』

『れんふぁさんは統矢君と私の仲間で、これから家族を作るんです。戦争とか復讐とかは、貴女の小さな統矢様とやってください』

『グッ! 口数の減らない……フン! 統矢、またね……また』


 崩れ落ちるサハクィエルを背に、メタトロンは変形して飛び去る。

 それを見送りながら、統矢は物言わぬ【氷蓮】のシートに身を沈めた。安堵感よりも、絶望的な敗北感があった。目前の危機を脱した今だからこそ、終わらぬ戦いがすぐに元凶との再会を連れてくる。

 それは多感な16歳の少年には、あまりにも重い宿業しゅくごうの連鎖だった。

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