第22話「堕天使の暗き羽撃き」

 眼下がんかにみるみる、サハクィエルの巨体が迫る。

 摺木統矢スルギトウヤは舞い上がる無数の弾幕の中で、【樹雷皇じゅらいおう】を再加速させた。

 逆落しに地上へと翔ぶその姿は、さながら振り下ろされた破城槌はじょうついだ。耳元の回線から、歯を食いしばる更紗サラサれんふぁの声が聴こえる。

 噛み殺された悲鳴が耳朶を打つ。

 だが、濃密な対空砲火の中で統矢の時間が無限に引き伸ばされていった。


「れんふぁ! グラビティ・ラム、展開っ! 突っ込むぞ!」

『う、うんっ! グラビテイィ・ケイジ集束……衝角しょうかく形成。アターック!』


 全長200mを超える長大な砲身が、そのまま神罰のやりとなる。

 肉眼で目視できるほど強力な重力場が、とがる刃となってサハクィエルの脳天に突き立った。だが、激しい干渉かんしょうの光がプラズマとなってぜる。

 三重みえに重ねた敵のグラビティ・ケイジが、【樹雷皇】の全推力と全備重量を乗せた一撃を受け止めていた。言うなれば、ピンポイント・グラビティ・ケイジ……それを局所的に重ねることで、人間で言えば頭部にあたる構造物を守るサハクィエル。

 まさに熾天使セラフの名にふさわしい、超弩級ちょうどきゅうの戦略破壊要塞。

 セラフ級パラレイドとは、全てが一騎当千の力を持ち、単体で一軍に匹敵する破壊力がある。人類同盟は戦う都度つど、大地を失い無数の命を散らしてきた。


『だ、駄目っ! 統矢さん、サハクィエルのグラビティ・ケイジが抜けないっ』

「まだだ……まだまだぁ! れんふぁ、集束荷電粒子砲オプティカル・フォトンキャノン、スタンバイ!」

『えっ!? こ、この距離で!? む、無理だよぉ』

「射撃と同時にグラビティ・ケイジを反転させて、反動で上昇する! チャージを開始してくれ。……俺を信じろ、れんふぁ!」


 うなずく気配と同時に、ライフリングが回転を始める。

 未知のオーバーテクノロジー、未来の超技術で建造された【シンデレラ】そのものを動力源とする【樹雷皇】が、その最大の武器へと火を入れた。

 零距離ゼロきょり、グラビティ・ラムで敵のグラビティ・ケイジを相殺そうさいしている今ならば。

 だが、【樹雷皇】とて無傷ではいられない。

 それでも、一縷いちるの望みとさえ言えぬチャンスに統矢は賭ける。

 そして、統矢は一人で戦ってる訳ではなかった。


『各機、援護を頼む! これは……チャンスだ! 統矢三尉さんいの生み出したチャンスなんだ。敵のグラビティ・ケイジが全て、頭部に集まっている。つまり――』


 重装甲がウリの97式【轟山ごうざん】が、一機だけで突っ込んでくる。

 それは、ティアマット聯隊の部隊長、美作総司ミマサカソウジの機体だ。すぐに部下達が援護する中、巨大な対艦ミサイルが4発発射される。

 それも、

 自分さえも巻き込みかねない、決死の特攻だった。

 そして、巨大な爆発の火球が膨れ上がって、統矢にチャージの時間を数秒与える。値千金あたいせんきんの一瞬の時間が、統矢には永遠にも続くかのように長く感じられた。


「くっ、総司さんっ! クソォ、撃つぞれんふぁっ!」

『フルチャージ、臨界りんかいっ! トリガーを統矢さんへ!』

「地球を穿ったお前ごと! この一撃がお前を貫き、ブチ抜くっ!」


 ――発射ブラスト

 地獄の業火ごうかにも似た光の奔流が、垂直にサハクィエルを包み込んだ。

 周囲が瞬時に、灰燼かいじんす。

 全てが白い闇に包まれてゆく中で、無数の爆発音を統矢は聴いた。同時に、反動で浮かび上がりながら機体の下へとグラビティ・ケイジを集める。

 激震に揺れる中で幾つものダメージが【樹雷皇】を襲った。

 ゆっくり滞空しながら離れれば、あのサハクィエルに初めてダメージが見て取れた。

 だが、それだけでは終わらない。

 パラレイドが動いている限り、統矢は攻撃の手を緩めない。


『Rコンテナ誘爆、自動消火装置作動! ロケットモーター、一番から八番まで停止。全兵装稼働率18%まで低下……グラビティ・ケイジの出力が。千雪チユキさん、一部のコントロールを【ディープスノー】で引き継いでもらえますか?』

『アイハブ。了解です、れんふぁさん。……お疲れ様でした』

『ううん、まだ……まだだよっ! 統矢さん!』


 すぐ側を、五百雀千雪イオジャクチユキの【ディープスノー】が通り過ぎた。

 背に暗い光輪を輝かせて、無骨な巨躯きょくがそっと手を伸べる。単体でグラビティ・ケイジを展開可能な【ディープスノー】が、今まで【樹雷皇】のれんふぁが守ってきた味方機の半分を引き受ける。

 千雪は格闘戦に特化した機体を操縦しながら、並列演算へいれつえんざんで友軍の高度と防御力を維持していた。それは、身体の半分を機械サイボーグ化したことで得た処理能力である。


『統矢さんっ、Lコンテナ十番、射出します! 【グラスヒール】を……今なら!』

「ああ……ちょっと行ってくる。れんふぁ、後退しつつ味方機を支援、損傷した機体を守ってやってくれ。……悪い、ちょっと無理させた」

『統矢さん、いつも無茶して。でも、それを支えるのがわたしと千雪さんだから』

「サンキュな、いつも。……ここでケリをつける。間違った未来の俺を、叩き斬ってくる!」


 サハクィエルは大きなダメージを受けつつも、ゆっくりと身を起こす。

 そして、その全身からビームとミサイルが全方位オールレンジへとばらまかれた。

 空中を自在に回避する味方機が入り乱れ、乱戦の中で被弾の爆発が幾重いくえにも乱れ咲く。地獄とかしたニューヨークの空へと、ロックを解除した統矢の97式【氷蓮ひょうれん】サード・リペアが立ち上がった。

 【樹雷皇】から分離して空へと駆け出せば、背後から【グラスヒール】が飛んできた。

 見もせずにそれをつかみ、統矢は愛機を疾走しっそうさせる。

 二人の少女が一緒につむぐ、グラビティ・ケイジの恩恵が強く背を押す。


『統矢君。サハクィエルの首筋から右肩にかけて、先程の零距離集束荷電粒子砲によるダメージが顕著けんちょです。恐らく統矢君が考えてる通り――』

「ああ! ……流石さすがだな、千雪」

『お見通しですから。援護します、振り返らずに行ってください』

「わかった、任せる! 俺は、……!」


 統矢の狙いはこれだった。

 表面をまわるアクティブなグラビティ・ケイジの、その三重の防御を打ち破っても致命打になるかは疑わしい。だが、それで装甲に穴が空けば、あの巨体だ。

 エンジェル級を含むパラレイドを、無数に格納した巨大戦艦。

 その中へと飛び込んで、中から全てを喰い破るのだ。

 だが、絶叫と共に殺意が追いすがってくる。


『トォォォォォヤァァァァァァッ!』

「チィ! ……いいぜ、先にお前を黙らせてやる。レイルッ!」


 飛行形態で突っ込んでくるメタトロン・エクスプリームが、統矢と千雪の機体を追い越してゆく。過激な高機動中の中での、無理矢理の変形で制動……そして、手負いの母艦を守る最強の御使みつかいがふさがる。

 銃口を向けるメタトロンから、レイル・スルールの声がほとばしった。


『やってくれたな、統矢っ! でも、それであのデカブツはもう使えないっ』

「そうだ、れんふぁが無理を推して手伝ってくれたんだ……俺は一人で戦っちゃいない!」

『……そうやって、統矢様の……統矢様の大事な家族まで! 統矢様の遺伝子を受け継いでる人まで利用して! どうして統矢は、そうまでして戦うの? ボクと……ボク達と一緒に地球を守ってよ! 異星人と戦わなきゃいけないんだっ!』

「知るかっ! お前達は俺達の未来じゃない……未来のないお前達の世界で勝手に戦え! 戦争するなら、自分の世界に帰ってやれッ!」


 メタトロンから有線制御ゆうせんせいぎょの浮遊砲台が射出される。

 ひたいから打ち出されたのがビーム砲ユニットで、両膝りょうひざからのものはビームを反射させるユニットだ。

 だが、真っ直ぐ統矢はメタトロンへと突っ込む。

 今の【氷蓮】には、対ビーム用クロークはない。

 一発でも攻撃を浴びれば、防御力の低い【氷蓮】は瞬時に爆散ばくさんするだろう。

 しかし、その可能性は実現しない。

 統矢が信じる未来には、存在しない可能性なのだ。

 統矢の【氷蓮】を今、猛き風が包んで守る。


『貴女の相手は私だと言いました。……統矢君には……私の、私達の統矢君には、指一本振れさせませんっ!』

『五百雀千雪ぃぃぃぃぃ! どこまで統矢様の邪魔をすれば気が済むんだ! そんなに統矢様に捨てられてさびしいのか! なんてかなしい女……統矢様の愛の大きさが、理解できないなんてッ!』


 無数に直線をえがきながら、包囲の輪を縮めてくる有線制御ユニット。

 だが、千雪の【ディープスノー】はグラビティ・ケイジで【氷蓮】を守ってくれる。そして……日本最強の幼年兵ようねんへいパイロット、【閃風メイヴ】と呼ばれた少女は落ち着いていた。

 そして、フェンリルの拳姫けんきが機体を加速させる。

 深海に降る雪ディープスノーの名をかんした、深いあおに塗られた鬼神がえた。六つのセンサーアイが一点を見据みすえて、その先へと巨体を加速させる。

 爆発的な瞬発力で、【ディープスノー】が奇跡のマニューバを見せた。


『なっ……そんな馬鹿なっ! ボクのメタトロンを』

「……その攻撃はもう、見切りました。あの島でも、北極でも……さっきからずっと、見飽みあきてますので」


 千雪の【ディープスノー】は、その厳つい手でつかんだ。

 両の手で、無数に乱舞するユニットの……その制御用のワイヤーを。

 首輪の鎖を奪われた猟犬りょうけん達が、統矢への狙いをれる。千雪はそのまま、フルパワーでワイヤーをたぐり始めた。

 メタトロンの巨体が、半分以下の大きさの【ディープスノー】に引きずられてゆく。


『こいつっ、ボクのメタトロンとパワー勝負をするつもりかっ!』

『いい子ですね、【ディープスノー】……さあ、行きましょう!』


 互いにワイヤーを全力で引く、【ディープスノー】とメタトロン。未知の材質で編み上げられたワイヤーが悲鳴をあげ、その先で力なくぶら下がるユニットが身悶みもだえるように暴れる。

 そして、統矢は後方へ下がったれんふぁの声に押し出された。


『統矢さん、今ですッ! グラビティ・エクステンダーを! ……【樹雷皇】の最後の力を!』


 それは、千雪が攻めへと転じた瞬間だった。

 両手を使ってワイヤーを鷲掴わしづかみにしていたメタトロンの前で……不意に【ディープスノー】が力を抜く。拮抗きっこうしていたパワーとパワーの片方が、突然消失した。

 それでメタトロンが体勢を崩した、その瞬間……【ディープスノー】の背面でスラスターが暴力的な光を吐き出す。さながら彗星すいせいのように、右のこぶしを引き絞る千雪の叫びが疾風かぜになった。


乾坤一擲けんこんいってきっ! この一撃で!』


 全力でぶつかってゆく【ディープスノー】の拳が、メタトロンの胸部へとめり込んだ。そのまま背後のサハクィエルへと叩き付けて、まるではりつけにするようにめる。

 そして、統矢の【氷蓮】の背に、れんふぁからの力が宿った。

 背面に装備されたグラビティ・エクステンダーが展開し、オレンジ色に輝く重力の翼が広がった。


「どいてろ、レイル! お前みたいな戦い方をする奴はっ、いちいち倒していられないんだ!」

『グッ、統矢……統矢様あああああああっ!』


 上昇と同時に翼をひるがえす。

 その羽撃はばたきが統矢を天に舞わせた。

 ちてゆくメタトロンを最後に確認し、その胴体からコアとなるシステムが分離、変形して飛び去るのが見えた。

 そのまま統矢は、フル加速でサハクィエルの内部へと突入した。

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