第12話「そして拳姫は吹き荒れる」
弾頭は通常にあらず。
戦術的な陸戦兵器の行動範囲を、まるごと飲み込み全てが消滅する。
その中にあって、大人達は冷静だった。
『各機、
『三佐ぁ、そいつは無理な相談ですぜ』
『逃げるならガキ共が先さ……こちとら泣く子も黙るティアマット
『
確実な死が迫る。
そのさなかで、驚くほどに統制の取れた見事な作戦行動だった。
全く戦線を乱さず、戦いは徐々に小さく密度の濃い戦域を凝縮してゆく。
誰もが皆、戦っている。
一人として、敗北も死も受け入れてはいない。
タイムリミットが迫る中で、交錯する意思と想いが
『これより、あらゆる通信を許可する。後方司令室、
『へへ、もうちっと
『すまねえ、カーチャン……
『それはそうと、お
極限状況で破滅が迫る中、
息苦しい中で鼓動の音が統矢の鼓膜に鳴り響いた。
だが、目の前の敵だけを
その上で命をと言われて、引き下がる理由がない。
残された生の中で、選択肢はない。
選択する必要がない程に、統矢の殺意が鋭く凍ってゆく。
「おい、あんたは逃げろって言ってるぞ! ここは俺に任せろ……行けよ!」
『なんですって? ……この【
「お互い様だ。後ろ、任せていいんだな?」
『振り向かずに戦いなさい。命を燃やすだけの理由もまた、お互い様でしょう?』
瞬間、両者の
金切り声をあげる
限界を超えて拡張し続ける
例の有線制御の浮遊砲台が、死角へと回り込む。
全方位から飽和攻撃で、ビームの
回避。
スキンタービンがちぎれる。
加速。
光の
『なっ……統矢ッ! まだ抵抗して……ボクに殺させてしまう気かっ!』
「どけ、レイルッ! お前の親玉が死ぬ前に……俺がっ! 殺してやる!」
『やめてよ、統矢……統矢が統矢様を殺すなんて、絶対にダメだ!』
「どけって言ったろ、邪魔だ!」
メタトロンが光の剣を振りかぶる。
まっすぐ
その一撃の内側へと飛び込んで、【グラスヒール】がすれ違いざまに唸りを上げた。股下をくぐるようにしての一閃が、
浅い。
だが、十分だ。
そのまま統矢は、目の前の
この巨大な戦艦でいう、中心部……そこに奴が、自分がいる。
狂った戦争を統矢の時代に持ち込んだ、違う世界線の統矢が。
「そこをぉ、動くなあああああっ!」
『ふむ……レイル・スルール大尉、ご苦労だったね。戦場を移そう。これでは人類の覚醒など夢のまた夢。いい子だから戻ってきなさい、レイル』
『でも、統矢様っ! ……わ、わかりました』
統矢の背中へと、メタトロンの銃口が向けられる。
全高に匹敵するロングバレルから、必殺の一撃が放たれようとしてた。
だが、統矢は振り向かない。
預けたのは背中と、信頼。
あの【
それはあたかも、千切れんばかりに引くほどに硬く結ばれるような感覚。
『行きなさい、統矢三尉!
『くっ、こいつ! ただの人間の
『そうよ、死ぬわ……みんな死ぬの。でも! ただでは死なない! 何も思い残さないから!』
雅姫が周囲の
背後に激戦を感じながら、統矢は
もはや誰も助からない……だが、救いなど
求めるものはただ一つ、それは平和でも
ただ、自分の全てと引き換えた憎しみが、絶体絶命の中で爆発する。
雅姫とレイルの絶叫だけが、いつまでも耳に響いていた。
『何故だ、どうして! メタトロン・エクスプリームは、最強なのに。どうして
『三佐! 美作統司三佐! あらゆる通信を許可すると……好きです! 大好きです、美作統司三佐! 愛しているんです!』
『こいつ……ボクを前にしてえ! 何が好きだ、愛してるとでも言える状況か!』
『いつでも言えた、だから言えるわ。この身が蒸発するまであと数十秒……それは私にとって、あらゆる全てに値する恋! あの人のために……貴女を倒します!』
決着を、この手で。
こうしている今、この瞬間に全てが消滅しようとも。
自分が向けた切っ先で、
だが、
不意に巨艦の表面を暗い光が走り、目の前に
統矢の一撃が、重力波の壁に弾かれ閃光をスパークさせる。
次の瞬間には、【氷蓮】の機体は衝撃とともに空へと放り出されていた。
『また会おう、もう一人の自分……摺木統矢。そして、すでに私が失い終えた者達よ。
落下する統矢の視界が、
巨大戦艦はさらに無数のエンジェル級、そして雑多な無人型パラレイドを振り撒き……メタトロンと共に空を捻じ曲げ消え失せた。
言葉にならない絶叫を張り上げる統矢は見た。
己の敗北、そして戦いの
予想せぬ声が全てを貫いた。
『総員、聞けっ! 御堂刹那特務三佐だ! 耐ショック防御、そして……戦闘を継続せよ! 抵抗しろ、戦い続けろ! 抗うべき未来を、今……【閃風】の
大の字に落下した【氷蓮】が、コクピットを
衝撃に奥歯を噛む統矢は、見た。
白い雲を引いて、青空を飛ぶ死の弾頭。
その軌跡を驚異的な速さで、何かが追いかけていた。
「あれは……いや、まさか! でもっ!」
そう、何かが
物理法則を無視した光景は、まるで出来の悪い特撮映像だ。
その人型は……そう、CG補正されたモニターの中の人型は拳を引き絞る。
――インパクト。
そして、統矢は目撃する。
はっきりと肉眼でも目撃できるほどの強力なグラビティ・ケイジが……不発のまま半端に爆発したGx反応弾を包み込んだ。その熱量と爆風を握り潰すように圧縮、密封してゆく。
誰もが見上げる空には、一機のPMRが浮いていた。
そして、まるで
『美作三佐、Gx反応弾が……消滅、しました』
『あ、ああ……映像で確認している。これは……』
『所属不明機、1! ライブラリに該当する機体はありません! しかし、大きい!』
この時代の人類が運用するPMRだとすれば、その姿は二回り程大きくて9m前後だ。そして、統矢は記憶のそこで謎の機体を知っていた。
極限まで重装甲とラジカルシリンダーを装備し、肥大化した両肩や両脚。
携行する武器を必要としない
そして……純潔の乙女を守護する
思わず統矢はコクピットを解放し、
「そんな
まるで底知れぬ
頭部では三対六つの連なる
着地するや、居並ぶパラレイドに身構えるなり、
――そして、止まっていた風が再び吹き荒れる。
統矢は驚きに言葉を失いながらもその機体へと走った。
『美作三佐……パラレイド、62%が消滅、しました』
『……各機! 残敵を相当せよ! 風は我らに吹いている! この風に乗れ!』
大型のPMRは、まるで力尽きたように片膝を突く。
解放されたハッチへと、
そして、開け放たれたコクピットの中に……その少女はいた。
「お久しぶりです、統矢君……すみません、少し遅れてしまいました」
無数にぶら下がった
普段から無表情な
それが笑みだとわかる
一瞬で永遠に失われたと思った
「
「
「あ、ああ……とにかく、話を聞かせろ! どうして、あ、いや……おかえり、千雪」
統矢は
少し
そして、残酷な運命が二人の間に横たわった。
「……千雪? お前……手が」
それが過去形だと、銀色に鈍く輝く腕が教えてくれた。
千雪の手は、形こそ以前と変わらぬ細腕だったが……冷たく重い金属の感触を統矢へと突きつけてくるのだった。
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