第8話「合流、ティアマット聯隊」

 朝の空気は戦慄に凍っていた。

 旅館を出て集合地点に向かう間、ずっと対向車線は渋滞しっぱなしだ。全て、避難する人達の車列で埋め尽くされている。その流れに逆らうように、摺木統矢スルギトウヤ達を載せた軍用オート三輪が走る。

 上空にはひっきりなしに、ヘリや輸送機が飛び交っていた。

 遠くへ目を細めれば、すでにお馴染みになりつつある高高度巡航輸送艦こうこうどじゅんこうゆそうかんが降下中だ。

 仲間達とオート三輪の荷台に揺られながら、統矢はぼんやりとその名をつぶやいた。


羅臼らうすが降りてきてるのか。って、うお! お、おい! 運転! しっかりしろ、ラスカッ!」


 舗装路ながら、酷く路面は荒れている。

 人類同盟に参集した全ての国が、国家予算の大半を軍事費としているからだ。インフラは道路に限らずあらゆるものが劣化、後退した。地球を覆っていたネットワーク社会と仮想現実バーチャルリアリティも今は昔、文明は百年程も後戻りしてしまったのだ。

 このオート三輪も、簡略化した構造ゆえに低コストで量産されている。

 そのハンドルを握るラスカ・ランシングが、窓から荷台を振り向いて叫んだ。


「うっさいわね、荷物は黙ってて! ……何よ、統矢の癖に。不潔よっ、汚らわしい!」

「お、おい……なんだよ。っが! とと、大丈夫か? れんふぁ」


 酷い揺れの中で、自然と統矢は隣に座る更紗サラサれんふぁを支えた。

 胸の中で見上げてくる彼女は、頬を赤らめ目を背ける。

 なんだか、朝からずっとこの調子だ。

 だが、恥じらいつつもれんふぁは統矢のシャツの袖を指で摘んで離さない。

 ラスカは文句ばかり言っていたが、助手席の渡良瀬沙菊ワタラセサギクがお菓子を差し出すと黙った。

 いつものフェンリル小隊の仲間を乗せて、ガタピシと車は演習場へ走る。

 整備の佐伯瑠璃サエキラピスも含めて、いつもの面々は何も変わらなかった。

 一人以外、誰も。


桔梗キキョウ、大丈夫だ。いつも通りやりゃいいんだよ。……また、守ってやる。ずっとな」


 五百雀辰馬イオジャクタツマに優しい言葉を掛けられても、御巫桔梗ミカナギキキョウは弱々しく微笑ほほえむだけだった。

 かすかに震えているし、顔色も悪い。

 眼鏡の奥に伏せた瞳は、僅かにうるんで揺れていた。

 やはり、彼女の心の傷は深いと統矢は知る。

 背の傷があととなって残るように、心の傷もまた癒えずに出血しているのだ。

 だが、そんな恋人に寄り添う辰馬は静かに肩を抱いてやる。

 こういう時、黙って辰馬のことを見ないふりする瑠璃が強く思えた。


「……何や? 何ね、統矢」

「い、いえ……瑠璃先輩って、優しいですよね。な? れんふぁ」

「ほへ? あ、う、うんっ! すっごく優しいです。後輩にも、仲間にも」

「ちょ、やめえやー? なんやの二人して。年上をからかったらあかんよ?」


 誰もが戦争に疲れていた。

 だが、まだ戦える。

 戦えてしまうし、戦うだけの理由が全員にあった。

 そんな戦友達を乗せたオート三輪は、演習場へのゲートを潜る。歩哨ほしょうに立つ兵士達も、緊張感が露骨に顔に滲み出ていた。

 今、日本皇国は再びパラレイドの襲来を迎えようとしている。

 東京、青森、沖縄……そして今、富士。

 この地球に逃げ場などはない。

 何故なら……隠蔽いんぺいされた真実の敵、パラレイドの正体は未来の地球人だから。

 そのことを思い出す度、陰鬱いんうつな気持ちに統矢の表情は陰る。

 かたわらで見上げてくるれんふぁも、心配そうに瞳を潤ませるのだった。


「統矢さん、あの」

「ん、ああ。お前はこのあと【樹雷皇じゅらいおう】を取りに行くんだろう?」

「う、うん。えっと、昨日降りた北富士の基地だよ」

「じゃ、少しの間だけ終わりだな。ま、すぐに合流、合体するけどさ」

「がっ、がががが、合体っ! ……合体、合体……う、うん、合体、するね。これからも、ずっと……合体」


 れんふぁは真っ赤になってうつむいた。

 そんな彼女のショートヘアをポンポンとでていると、演習場の敷地内へと車は乗り入れる。ラスカがスピードを落とすと、仮設の格納庫内にあちこちの校区のパンツァー・モータロイドが並んでいた。

 全て、日本一を目指して集った各校区の戦技教導部せんぎきょうどうぶだ。

 だが、もう全国総合競戦演習ぜんこくそうごうきょうせんえんしゅうは終わりだ。

 ここから先は実戦、生きるか死ぬかだ。

 その思いを新たにする統矢の目が、見慣れぬPMRパメラを確認する。


「何だ、あの機体……陸軍の? 辰馬先輩、あれ」

「ん? ああ、初めて見る面だな。新型か?」


 皇国陸軍の主力PMRは、94式【星炎せいえん】である。そして、後継機として開発されていた97式【氷蓮ひょうれん】は、その運用ノウハウや実働データを生産ラインごと失った。集中運用されていた北海道が消滅した時に、技術陣ごと失われたのだ。

 今の【氷蓮】は、補充パーツの確保すら難しい絶版機体だ。

 そういう訳で、陸軍では【星炎】を引き続き運用している。

 海軍でも、少数ながら【星炎】を配備し、独自に改良を続けていた。

 だが……全国の高校生達が締め出された演習場に今、見たこともない機体が片膝かたひざを突いて並んでいる。一際目を引くのは、カーキ色を基本とした野戦迷彩色に塗られながら、右の肩アーマーだけが空色に塗られていた。

 その色に統矢は、自然と恋人を……以前の恋人を思い出す。

 そしてそれは、統矢だけではなかったようだ。


「新型ねえ、新型……そうだ、おい千雪チユキ! お前――あ、ああ……そうだった、な」


 辰馬は腰を浮かせて妹を呼んだ。

 そして、思い出したように再び座る。

 そんな彼の手を、震える桔梗の手が包んだ。

 誰もがまだ、仲間を失ったことの全てを受け入れられない。

 全員を乗せたオート三輪が停車したのは、そんな時だった。無数の幼年兵ようねんせいが押し合いへし合いで、人混みを作っている。そして、その中央にはあの少女の姿があった。


「ですから、皆さんの戦闘への参加は認められません。待機し各校区の指示に従ってください。繰り返します、皇国陸軍では幼年兵を必要としていません」


 声の主は、【冥雷ミカズチ】こと雨瀬雅姫ウノセマサキ二尉だ。

 顔の女は押し寄せる少年少女を前に、りんとした表情で冷静な対応をしている。

 そして不思議な言葉を繰り返していた。

 ――

 陸軍と言えば何処どこの国でも、幼年兵を特攻兵として使って弾除け、捨て駒にするのが常套手段セオリーだ。それは戦術として確立している以上に、誰もが目を背ける悪習と化している。国家総動員で戦う戦争は、未習熟な幼年兵を使い捨てることで戦線を維持しているのだ。

 だが、雅姫は繰り返し同じ言葉を冷静に、まるで幼子に言い聞かせるように続ける。

 それでも、詰め寄る者達は一歩も引かない。


何故なぜです! あなただって去年は俺達と同じ幼年兵だった筈だ!」

「軍に入った途端、俺達はいらないっていうのか? 俺だって戦いたい!」

「弟のかたきを討たせてくれよ! それに、待機したまま死にたかねえ!」

「私だって戦技教導部の一員として仲間と戦ってきたわ! その腕を今!」


 いびつでおぞましい光景だった。

 誰もが皆、自ら進んで死地へと行きたがる。

 流石の雅姫も困惑の表情を浮かべた、その時だった。

 不意に彼女の背後に、若い青年将校が立つ。

 荷台から飛び降りる統矢は、その顔に見覚えがあった。

 静かに、しかし強い声が周囲に伝搬でんぱんしてゆく。


「幼年兵諸君、残念だが今回の作戦に参加することは許可できない。諸君等の力は、どうか国のため……地球のために温存して欲しい。これは僕の個人的なお願いだよ」


 そう言って制帽を脱ぐのは、美作総司ミマサカソウジだった。

 かつて皇都こうと東京で共に戦った、皇国陸軍の軍人である。彼は以前から、幼年兵をいたずらに消耗するだけの戦術に疑問を呈してきた。しかし、具体的な是正方法を持たぬまま独断専行し、多くの犠牲を出してしまった人物である。

 だが、統矢が再会した男は……以前同様の優男やさおとこながらも、引き締まった表情に貫禄を感じる。この数ヶ月で、彼に何があったのだろうか?

 駆け寄る統矢が、周囲の幼年兵達の中を掻き分ける。

 その間もずっと、総司は周囲を見渡しゆっくり喋った。


「諸君等は一騎当千のPMRパイロット、だがまだ若い。諸君が大人になるまでは、我々正規の軍人に大人をやらせてもらえないだろうか? 諸君等の死に場所ではなく、生き残るための戦場を用意できるまで……どうか、その力を取っておいてほしい」


 誰もが黙ってしまった。

 そんな中、統矢は総司の前へと躍り出る。


「美作一尉! あんた、美作総司一尉だろっ!」

「その声は……ああ、摺木統矢三尉。久しぶりだね」

「あ、ああ……あんた、何をやってんだ? これは」


 以前の頼りない印象はどこにもない。

 心持ち精悍せいかんな顔つきになった総司を前に、統矢は率直に驚いた。

 そして、雅姫の声が二人の間に割って入る。


「摺木統矢三尉、無礼です。美作三佐も美作三佐です! ここは私に一任していただけると」

「えっ? 美作……三佐? あ、ああ、雅姫二尉の言ってた三佐って」

「はは、怒られてしまったな。幼年兵達の説得は副官の雅姫二尉にお願いしたけど、どうしてもね……僕が顔を出した方がいいと思ったんだ」


 そう言って笑うところは、以前の総司と全く変わらない。

 だが、統矢は以前にはなかった彼の凄みのようなものを感じた。この人は統矢が知らぬ間に、どれだけの死線をくぐり抜けてきたのだろう? まるでそう、歴戦の勇士だけが持つオーラのようなものが溢れ出ていた。。

 だが、それを周囲の幼年兵達は全く察することができないようだ。

 真に強い者は、その強さを決して誰にも悟らせないという。

 武道でも、達人同士にしかその強さは知り合えないらしい。

 そして、ガラの悪い声が響く。


「ヘヘッ、ヒヨッ子がピーピーうるせえぜ。ここは幼稚園かあ? ええ?」

「三佐ぁ、こいつら面白えから使ってみましょうや。実戦で何分持つか……クククッ!」

「おう、ガキ共っ! パンツァー・ゲイムができてもなあ! 実戦じゃアイオーン級一体始末できずに死んじまうんだ。それが戦場なんだよ! わーったか!」


 現れた皇国陸軍のパイロット達は、見るからに人相が悪い。年代も階級章もバラバラで、着崩した軍服は正規兵に見えなかった。顔にキズのある男に、目つきが悪い男。眼帯の男に、顔半分が火傷痕やけどあとの男。

 ゴロツキのような男達に、流石に幼年兵一同は恐怖して後ずさった。

 だが、総司は改めてそんな少年少女に微笑ほほえむ。


「ま、ここは勉強すると思って僕達の戦いを見ていて欲しい。そのために設立されたのが、僕が率いる皇国陸軍戦時特務聯隊こうこくりくぐんせんじとくむれんたい……通称""に任せるんだ」


 ――ティアマット聯隊。

 それが、この無頼漢ぶらいかん達を率いる総司の部隊名か。世界最古の神話を生んだ、地母竜ティアマットの名を持つ総司達は……澄ました顔の雅姫以外はろくでなしの札付きばかりに見えた。

 だが、統矢はすぐにその見識を改める。

 不気味な笑みを浮かべる男達は皆、血と硝煙しょうえんの匂いが染み付いた古強者ふるつわものだと。

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