第4話「その血を捧げよ、新たなエースへ」
全国総合競戦演習は、チーム同士での集団戦闘で行われるパンツァー・ゲイムだ。今年からレギュレーションが変更され、チームの機体数は最大で20機まで、そしてフラッグ機が行動不能になると敗北なのは変わらない。
フラッグ機だけで取り残されようとも、
そしてそれは、演習でも実戦でも変わらない。
人類にも逃げ場がないように。
「クッ、機体が重い! なんだってこんな……やっと一機かっ!」
統矢は愛機97式【
あの日からずっと、常時
だが、今の【氷蓮】はいつもの調子ではない。
背にペイロード限界一杯の巨大なコンテナを背負っているのだ。
統矢は今、一回戦の相手である
大地で停止したまま、ペイント弾に
研ぎ澄まされた統矢自身とは裏腹に、セッティングのせいで愛機がついてこない。
そして、
「ここのチームも【星炎】を使ってるのか……
そして、本来そう望まれて産まれた【氷蓮】は、そのノウハウごと失われた。
生産拠点
統矢が聞いた噂は、こうだ。
【氷蓮】との次期主力
「
そう
今まで統矢の【氷蓮】が立っていた場所に土煙が舞い上がった。
着弾から逆算して、浮かび上がる射線を避けて愛機を走らせる。
大洗の配備数は18機、対して統矢達は5機だ。
だが、副部長に『開会式をブチ壊した罰ですよ?』と言われても納得できない。
そして、相手チームの
『見ろよ、あの
『笑えるぜ、幻の最新鋭機とか言って……所詮はフェンリルの
敵の兵力が集中し始めている。
いつも通りに突出している統矢が、いつも通りに囲まれかけているのだ。
包囲が完成しつつある中で、一際けたたましい駆動音が響く。
そして、目の前にポールウェポンを構えたオレンジ色の【星炎】が舞い降りた。そのラジカルシリンダーの鳴動が、自然と統矢の聴覚を通して危機を訴えてくる。極限まで安全マージンを切り詰めた、エース御用達のハイチューンドだ。
そして、
『待たせたなあ、フェンリルッ! 俺は
無言で統矢は、30mmオートを撃った。
ハンドガンサイズとはいえ、この距離ならば有効判定になる
だが、痛々しい名乗りをあげた敵は、手にした
流石に驚いたが、統矢達のレベルではやってやれない芸当ではない。
「チィ! バカなだけじゃないっ、こいつ!」
『人の話を聴けぇ! このっ、最新鋭機の改修機で、オンリーワンのパーソナルカラーな主人公系っ! クソ格好いいんだよ、この野郎! 貴様ぇ、
「……お、おう」
『だが、お前の物語はここで終わりだ。
当然のようにハルバードが
『人の話を最後まで聴けぇ! 貴様ぇ、すげえ卑怯だぞ! それでも主人公っぽいPMRに乗る男かぁ! ……良かろうっ! 【竜星】こと、この紅蓮の黒騎士が』
「……赤なのか黒なのかはっきりしろよ」
『フッ、わからんか……? 我が愛機の漆黒の装甲がぁ! 貴様の血で赤く染まるのだ!』
「い、いや……その機体、オレンジ色だよな。なんか……
『な、なんだとう! 言わせておけば……ムッ! ハァァ、タァ!』
今度は統矢が撃った訳ではない。
だが、飛来した刃が風を切り、貴由が振り回すハルバードを金属音で歌わせた。
弾かれたそれは、
地面へ突き立ち、それはアチコチで爆発して周囲を煙で満たす。実戦ではないので
『統矢っ、どいて! そいつ、いただきっ!』
紅蓮の黒騎士を襲ったのは、血よりも赤い鮮烈なる
軽装甲で機動力のみに特化し、極端な出力マネジメントで駆逐戦闘を重視したネイキッドなPMRだ。まるで閃光のように、着地するなり白い煙の中で腰の大型ダガーを抜き放つ。
『一撃でっ、決めるっ!』
「待てラスカ、そいつは俺の――」
『新手かあああっ! そんな軽量級で、
刃と刃とが、無数の火花を星空のように広げる。
そして、一発の重さはハルバードの貴由が上で、スピードは互角。
――かに、見えた。
だが、ラスカ・ランシングの89式【
『なにぃ! この俺様のスピードを上回るだとぉ! 旧式の改造機が!?』
『遅いっ! 遅い遅い遅い遅い、遅過ぎるっ! 止まって見えるわ!』
統矢が知る限り、ラスカはただの人間だ。他のチームメイトがそうであるように、特別な能力を持っている訳ではない。ただ単に、自称天才と言ってはばからないセンスが本物で、それを
あっという間に改型四号機は、教習機モドキの両足に刃を突き立てる。
明らかに大きな損傷で、紅蓮の黒騎士とやらが大きくのけぞる。
だが、倒れず激しい反撃に転じてきた。
その時にはもう、上半身の制御だけでラスカは全てを見切って回避……そして、改型四号機が腰の背後に両手を回す。
『そんな
激しい衝撃音と共に、改型四号機が腕でハルバードを受け止める。
その手が握る
『エースなんだ……俺がぁ! そう、俺はっ、紅蓮の黒騎士ぃ!』
容赦なく無言で、ラスカがパイルトンファーを握る拳を振るった。
合金のひしゃげる音と共に、衝撃音に統矢は目を
見ていられない程に一方的な戦いだった。
『誰もが
『うっさい、バカじゃないの! あとがつっかえ、てるっ、のっ!』
苦し紛れに振るわれたハルバードの、その大振りな一撃をバク転でラスカが回避する。彼女の忠実なる愛犬のように、改型四号機はカウンターの一撃をねじ込んだ。
再び顔面に叩きつけられたパイルトンファーが、衝撃音と共に
それが宙でクルクル回転して落ちる前に……頭部を貫かれて相手は停止していた。
崩れ落ちる姿はちょっと同情するが、統矢にも今は余裕がない。
「相手が悪かったな……せめてもの、っていうか、まあ……ほらよ。これで紅蓮の黒騎士様、いや……紅蓮の黒星様だな」
『ちょっと統矢……アンタ、性格悪くなってない? ……ちょっと、なんか、前より……いいじゃん』
「ん? ほら、次行くぞ、次」
とりあえず統矢は、倒れた【星炎】に数発ペイント弾をブチ込んでやった。オレンジ色が真っ赤に塗り潰されてゆく。
だが、煙幕が晴れると統矢はすぐに次の危機を察知した。
ラスカも身構えれば、周囲には大洗チームの全機が集結、包囲していた。
『ちょっと! 砲撃、援護っ! ちゃんとやんなさいよ、
『やってるでありますよ、ラスカ殿。ラスカ殿と統矢殿が突っ込み過ぎなんであります』
だが、不意に風向きが変わった。
ガン! と短く鉄が歌って、敵の一角で撃墜判定を食らって【星炎】が停止する。
超長距離からの狙撃、それも一発でヘッドショットだ。
スナイパーの気配に周囲が足並みを乱した、その時だった。
『――摺木君、コンテナの中身を全部いただけますか? そう、全部』
不意に空へと、一機のPMRが舞い上がった。
鮮やかな
スイッチ、発砲音、そしてヒット。
また一機、敵が行動不能になった。
そして、空へと銃口と殺意が向いた頃には、その機体は射撃の反動と繊細な姿勢制御で大地へ降り立つ。対物ライフルをそっと手放すのを見て、統矢は渋々コンテナをイジェクトした。
「
背負ったコンテナの中身を、全て空へとぶちまける。
無数の40mmカービンが舞い上がって、そして大地へ次々と突き立った。
それはまるで、
銃の
だが、当たらない。
驚異的な回避予測とミリ単位の操縦が、
そして、しっとりと甘やかな声が冷徹に放たれた。
『では、片付けてしまいましょう。わたくしは皆さんほど、優しくはありませんので』
鉄火に舞い踊る中で、桔梗の改型弐号機がカービンを拾って、撃つ。
捨ててはまた、拾って、撃つ。
次々と拾っては撃ち、捨ててはまた拾って撃つ。
その都度、相手のPMRが撃墜判定で一機また一機と停止した。
そして、パンツァー・ゲイム終了のサイレンが鳴り響く。その時、演習場に立っているPMRは青森校区の5機だけだった。
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