第3話「彼女が残した伝説」
――
富士の
日本中の
パラレイドとの戦争に全てを塗り潰された世界の、狂おしいまでの興奮と感動を生み出すプロパガンダだ。
「チッ、初戦の相手は私学……
どこの校区も、
一般生徒は旧式機をそのまま使うが、操縦技術の高い者ほど危険な機体を駆る。
対PMR戦に特化した機体は、そのまま対パラレイド戦でも高い戦果を誇った。
だが、そうした改造機を振り回されるのは、一握りの少年少女だけ。
そして、そんな誰もが戦場では
周囲を物珍しげに見回しながら、制服に着替えた統矢はポケットに両手を突っ込んで歩く。見慣れぬPMRもちらほらあって、自然と一人の少女が思い出された。
「なんだありゃ、94式【
こういう時、
もし一緒だったら……
今頃はとっくに、目の前の機体に駆け寄っている。
そして、寂しげに目を細める統矢へは今、敵意を込めた
この場の全ての生徒達が、統矢を
「見ろよ、開会式の奴だぜ? 青森校区の摺木統矢だ」
「海軍の部隊で今は三尉ですって。……気に入らないわね」
「派手にやらかしてくれてさ、実戦経験者は違うってか?」
「おもしれえ……ちょっと珍しいPMR乗ってるからって、いい気になるなよ」
「北海道の地獄から生還した男、か。その力、試させてもらおうじゃねえの」
全部、丸聞こえだ。
統矢の張り詰めた集中力は、限界まで自身の五感を研ぎ澄ましている。
あれからずっと、統矢の
まるでマシーンのように、目を
なにもかもが
それはもう、統矢には現実感すらなくて全てを委ねるしかなかった。
そんな彼が
「統矢殿ーっ! 統矢殿、統矢殿っ! 統矢っ、どっ、のぉーっ!」
突然背中に、小さな何かが張り付いてきた。
ささやかな
振り向けばそこには、子犬のように瞳を輝かせる後輩の姿があった。
きっと、尻尾が生えてれば千切れんばかりに振られていただろう。いつもそうであるように、そばかす顔に
「統矢殿っ! どこに行くでありますか? 自分、お供するであります!」
「お、おう……なんだ、お前。
「ハイであります!
「はは、お前はいつも元気だなあ」
「それだけが取り柄でありますよ! にはは」
周囲の視線、とりわけ男子達の眼光が鋭くなった。
だが、そのことを気にせず統矢は歩く。
まるで衛星のように周囲を回りながら、じゃれつくように沙菊は喋り続けた。次から次へと、一人で盛り上がって身振り手振りで大忙しだ。
多分、統矢がそうであるように沙菊も
彼女はPMR関連の雑誌で千雪に
統矢も、いつも千雪にべったりな彼女をよく覚えている。
そんな沙菊の笑顔だけが、今も変わらず統矢に向けられていた。
「あっ、統矢殿!
「しょうがない奴だな」
こんな自分でも笑えるものかと、ふと小さな驚きに襲われる。
そんな統矢のぎこちない笑みに、沙菊はおひさまのような笑顔を向けて走り出した。
彼女が向かう先に自動販売機があって、その前で何人かの幼年兵が集まっている。皆、統矢を
「なにが飲みたいんだ、沙菊。……一本300円か、また値上がりしたな。国内はこんなもんか? 青森もか」
「いやー、ここんとこ物価上昇が収まらないでありますよ。
「そっか。まあ、そうだよな。……なんか、悪ぃ。すまん、沙菊」
「いやいや! いやいやいやいや! 統矢殿のせいじゃないッスよ!」
グッと背伸びして、小さな小さな沙菊が顔を近付けてくる。
鼻と鼻とが触れるような距離で、彼女は真っ直ぐ統矢を見詰めてきた。
「未来から来た統矢殿は、千雪殿の好きな統矢殿ではないであります。自分が好きな統矢殿は、千雪殿を好きだった統矢殿でありますから! でも、自分はれんふぁ殿も大好きでありますし、いつかは北海道の美少女エースことりんな殿の話も聞かせて欲しいであります!」
「あ、ああ……サンキュな、沙菊」
「どういたしましたでありますよ、統矢殿っ!」
その時だった。不意に目の前の自販機にランプが
真夏の日差しの中で、冷たい飲み物のいくつかは売り切れだが……突然、誰かが千円札を入れたようだ。そして振り返れば、すらりと細身の少女が統矢を見詰めていた。
皇国陸軍の軍服を着て、階級章は二尉のものを身に着けている。
この暑い中でも着崩すことなく、
「
「……えっと、二尉殿は。どこかで、いや、でも」
「あーっ! とっ、とと、統矢殿っ! この人は!」
突然沙菊がその場で飛び上がった。
彼女は
「統矢殿っ、この人は
「お、おう。その、なんだ……凄いんだな、あんた」
沙菊が大声でまくし立てるので、周囲の視線が騒がしくなる。
それは、統矢に向けられる鋭い冷たさではない。
彼女は周囲を気にした様子もなく、自販機のボタンを押す。
ガタン! と音が鳴って、吐き出された飲み物を手にして雅姫は
「
「ッ! ……ああ。千雪は死んだ、もういない」
「彼女は一年生だった去年、唯一この私を敗北寸前へ追い込んだ
「それが去年の準決勝か」
「ええ。私の最後の夏。そして、五百雀千雪准尉に……いえ、二尉にとっても最後になったわね」
千雪は今、二階級特進して二尉だ。
統矢より上である。
だが、彼女が命令してくれることはもうない。
あの不器用な
そして、そのことが統矢の中で
「じゃあ、悪いが今年は俺があんたの後輩をブッ潰す。立ち
「……ふふ。面白い子ね、君は。今年は青森校区のフラッグ機も戻ったみたいだし、善戦を期待してるわ。去年みたいなことにならないようにね、三尉殿?」
「去年みたいに? おい、沙菊。うちのフラッグ機は
統矢は初めて知った。
沙菊は意外な言葉を思い出したように呟く。
「去年の辰馬先輩は、準々決勝での無理が
「
「自分も詳しくは知らないであります。青森校区の格納庫に現在は封印されてて、機体登録も抹消されてるでありますよ」
そして、沙菊は語った。
昨年、一年生ながら千雪は
「今年は期待してるわ、統矢三尉。彼女の分まで頑張って
「戦場にもしもの可能性なんてない。あるのは結果、そしてそれを受け止められるかどうかだけだ」
「……そうね」
雅姫は統矢に冷たい飲み物を手渡し、
統矢は
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