第2話「若き血潮が渦巻く中へ」
徐々に高度を落として、【
結局あのあと、バルト海でも例のエンジェル級と交戦した。戦闘機そのものである飛行形態から、人型へと変形する高機動型のパラレイドだ。その後に補給を受けて向かった
だが、サブモニタに流れる文字列を眺めつつ、統矢は緊張感を保ち続けていた。
「例の
この数ヶ月で、戦場は一変してしまった。
今までパラレイドは、無数の無人兵器群とセラフ級の単機投入という形で人類を追い詰めてきた。
だが、連中は戦術を変更してきた。
今まで通り、無人兵器の大量投入による制空権支配、そして圧倒的な物量での制圧と
そして、人類同盟はようやく名前をつけることで敵の周知を開始したのだった。
高速でスクロールする画面の照り返しを、無表情に眺める統矢。
その時、コクピットに静かにラジオの短波放送が響き渡った。
「ん? れんふぁ、これは……NHK? FM放送だな」
『うん、日本の領空内に入ったから……ご、ごめんなさいっ、統矢さん。邪魔、だったかなあ』
「いや、いい……そうか、もう開会式が始まってるんだな」
統矢はノイズ混じりの音声に耳をすます。
瞬時に脳裏に、日本中から集ったパンツァー・モータロイドとパイロット達の
――
それは、毎年8月に行われる大規模なパンツァー・ゲイムである。
全てがパラレイドとの永久戦争に
どうやら今、富士の演習場で開会式が行われているようだ。
選手宣誓の声を張り上げる少女の、緊張を含んた声が途切れ途切れに聴こえた。
『宣誓っ! 我々、
統矢と同世代の少女が、自分でも普段使わないような単語を並べている。
一世紀以上も前に、日本が世界を相手に戦った大戦の空気が蘇ったようだ。
そして、真実を知る統矢だけが、さらに重い責め苦を背負っている。
胸の奥が痛むような気がして、自然と統矢は手を当てた。
既に宇宙空間をも行動範囲として
細身の統矢をそのまま
その間もずっと、開会式の中継はコクピット内を満たしていた。
『
そして、もう嫌いになって
暗く閉ざされた
失い亡くす中で、幼馴染と死別した統矢を迎えてくれた仲間達。
そして今も、自分を一番近くで支えてくれるれんふぁ……同じ血を分けた相棒。
だが、もう統矢を光で照らした少女はいない。
そのことを考えないよう、常に統矢は戦いで己を酷使してきた。あれからもう、青森には帰っていないし、日本へと寄ることも
そんな日々の中で、ようやく落ち着きを取り戻したのかもしれない。
心の中へと去った
『統矢さん』
「ん? どした、れんふぁ」
『あと3分で富士演習場上空です。一番近い基地にPMRキャリアを手配しておきましたっ』
「わかった。サンキュな、れんふぁ……お前は先に宿泊先に戻って休んでくれ。たしか、なんだっけ? 桔梗先輩が言ってた温泉旅館に俺達は」
同じ機体に乗っていながら、コントロールユニットである97式【
れんふぁの生体認証データで駆動する、【シンデレラ】をそのまま動力源に取り込んだ切り札……【樹雷皇】。その巨体は、たった二人の少年少女が動かしているのだった。
『統矢さんっ! わ、わたしも演習場にすぐ行きますから! ……わたしも、
「そうだけど、さ。お前、ここ最近ずっと寝てないだろ? 俺は補給と給弾作業の合間に寝てたけど。れんふぁは、ずっとデータ整理で不眠不休だった。違うか?」
『それは、そう、です、けどぉ……』
「なんか、もう随分人の顔を見てない気がする」
『わ、わたしもです。でも、モニター越しにでも、統矢さんが近くにいてくれるから』
両者を閉じ込めたコクピットは、何重もの装甲と固定具で
いくらグラビティ・ケイジで守られているとはいえ、音速飛行中の外に出れば統矢はただの人間だ。あっという間に振り落とされてしまう。
それでも、人恋しいと思う気持ちが無責任な言葉を
「……せめてコクピットが一緒だったらよかったのにな」
『えっ……ええーっ!? だ、だっ、だだだだ、駄目ですぅ! 統矢さんっ、それ駄目です! あ、あの、えと、そう! わたし、ずっとお風呂にも入ってないし、なんか汗臭いし』
「まぁ……お互い様だけど、やっぱり気になるか」
『そ、それに、ちょっと今コクピットも散らかってて……お
「だよなあ。はは、悪い悪い」
『そっ、そうですよ! 悪いですっ! 悪い、ですよ……
誰もが等しく失った。
妹を、
統矢だって、初めての恋人を失った。
だが、失ったままでは終われない。
そうでなければ、
パラレイドを
「さて……れんふぁ? じゃあそろそろ俺、行ってくる」
『ほへ? 行ってくる、って』
「高度をもう少し落としてくれ。それと、基地に連絡を。出迎えもPMRキャリアもいらない。……演習場には、直接【氷蓮】で降りる」
『は、はいっ! すぐに手配を……ええええーっ!? とっ、統矢さんっ!』
「【氷蓮】を切り離すから、れんふぁは【樹雷皇】を基地に下ろしてそのまま休めよ。いいな?」
『で、でもぉ』
「いいから。――接続解除、アームド・オフ! コントロールを
『ア、アイハブッ! ……じゃあ、またあとで。統矢さん、あとでまた』
相手はパラレイドではない。
同じ人間、幼年兵だ。
そして、これはパンツァー・ゲイム……演習だから。
統矢はそのまま、減速する【樹雷皇】から愛機と共に飛び降りる。
スラスターを操り姿勢を制御して、あっという間に地表へと吸い込まれていった。
揺れる【氷蓮】の中心で、統矢はメインモニターに拡大される演習場を見やる。無数に並んで整列するのは、全国から集った戦技共同部のPMRだ。
「あ……まずいぞこれ。こっそり
すぐに着陸地の変更をしようとしたが、遅かった。
統矢はそのまま、全推力を全開に吹かして着地した。
選手宣誓が行われていた、開会式の壇上に。周囲を暴風が吹き荒れ、衝撃波が会場を
たちまち周囲からあがる声が、外部センサーを通してコクピットに伝わる。
『クソッ! どこのバカだ、神聖な開会式に!』
『なにあれ……97式? でも、ボロボロ……あのオレンジ色、まるで
『うそっ、あれ【氷蓮】だよ! 北海道に先行配備されてた新型の!』
『そういや、噂に聞いてたが……消滅した北海道から生還した奴が、たしか青森に』
『青森校区! 昨年ベスト4! 通称『フェンリル』……そして無敵のエース、フェンリルの
『あ、いや、でも……あの
混乱がすぐに収まったが、統矢は溜息を
そして足元へとカメラの視線を落とせば、選手宣誓をしていた少女がへたり込んでいた。どうやら最悪のタイミングで邪魔をしてしまったらしい。
だが、その時……聴き慣れた
『よう、統矢……派手に登場してくれたな、ええ? いいじゃねえか、最高だぜ』
「お疲れ様です、
『まあ
「了解」
外部スピーカーへと音声を回して、ヘッドギアのレシーバーに統矢は静かに告げる。
ただ、平然と当たり前のように統矢は言葉を選んだ。
「
すぐに騒ぎは収まった。
変わって、強烈な敵意と殺気が装甲越しに統矢を包む。
この場にいるのは、
統矢は、自分へ殺到する闘志を頼もしいと思いつつ……この場に一番いたかった筈の少女を思い出す。そして、その気持ちと想いを連れて戦うと
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