第二話
私の朝食が終わり、アリエスの後片付けが終わると、何もやることがなくなる。
その日は特に先約もなく、さし当ってやらなければいけない用事もない。
更には、暇な時にやろうと考えていた雑事も思い浮かばない。
二人でリビングのテーブルに座っていても、共通の話題がある訳ではない。
正確に言えば、アリエスが先に話題を持ち出すことはないし、私の出した話題に食いつくこともない。
私に用事がある場合は、アリエスを家に置いて出かけることになる。
そして、彼女は私が帰る少し前まで、先程のようにベランダに座っていることになる。
そのほうが彼女にとってはよいことなのかもしれないが、私は置き去りにしているようで忍びなかった。
何かやることはないかと考えるが、一向に浮かばない。たまにはこういうこともある。
――いや、そういえば。
そろそろアリエスの服を考えてやらなければならない頃ではないだろうか、と私は考えた。
正直なところ、彼女はそんなことには頓着しないのだが、私の気分がそう思わせた。
「アリエス、今日は久しぶりに君の服を探しに行こうじゃないか」
「畏まりました、御主人様」
そう言ってアリエスは頭を下げる。何度やっても、いつもと同じ反応。
私の気分は少しだけ萎えるが、
――これは仕方のないことなんだ。
と考えて、気分を改めた。
「では、出かけるから準備をしてくれないか」
「畏まりました」
私と外出する時、最近のアリエスは明るい水色のスリーブレス・ワンピースを着て、足には緑色のサンダルを履く。
他にも服はあるのだが、前に私が、
「その服とサンダルはアリエスによく似合っているな」
と褒めたものだから、それ以来ずっと同じ服装で外出している。
この町は一年中温暖で、寒暖の差がほとんどない。だから、同じ恰好で歩いても季節はずれになることはない。
ないが、さすがに物事には限度というものがある。そろそろ別な服を考えても良い頃だろう。
昔買った服は、一度他の服を褒めてしまうと「こっちは御主人様の嫌いな服」と定義付けられるらしい。
勧めても一向に他の服を着ようとしないから、新たに探す必要がある。今回は靴も必要だ。
一番似合っている、というのはかなり本気で言った言葉だったから、それを覆す服と靴というのは、相当にハードルが高い。
玄関で、いつもの恰好をしたアリエスを眺めると、どうしても「これでよいのでは」と思わずにはいられなくなる。
しかし、今日こそは「水色ワンピース×緑サンダル」以上のものを、なんとしても探さなければならない。
「何か変でしょうか?」
私が厳しい顔をしていたせいだろう。アリエスはまた小首を傾げていた。
瞬きの少ない黒目の大きい目でその仕草をされると、昔の記録映像で見たフクロウを思い出す。
「いや、なんでもない。いつもと同じでとても似合っているよ」
と、なかば自動的に言ってしまった後で、
――しまった!
と思った。また自分でハードルを上げてしまっている。
さて、単に服を買うだけならば、本当は自宅にいても簡単に出来る。
身体のサイズを最初に登録すれば、それを使ってディスプレイ上で試着した自分の姿を確認可能だし、それと寸分たがわぬものが一日もかからずに届くのだから、そのほうが手間はかからない。
そのため、人類が他の星に進出し始めた最初の頃には、リアルな店舗は殆ど存在しておらず、ネットで注文することが当たり前だった。
ところが惑星への定住が進むと、何故かリアルな小売店舗が復活した。そして、人々はわざわざ時間をかけて、そのリアルな店舗に足を運んだ。
人間は本質的にそういうことが好きな動物なのだろう。
そんなことを言っている私も、店舗に向かうために外を歩いている。
家を出る前に公共交通機関のポッドを予約しておけば、自宅の前から目的地まで自動で運んでくれるというのに、わざわざ自分の足で移動している。
その隣を、相変わらず重力を感じさせない足取りで、アリエスがついてくる。
なんだかこの間合いと空気感が好きなのだ。
店までの距離は十キロ弱。歩くと二時間かかるので、朝の九時に出ると着いた時には十一時になる。
その間、私は他愛もない話をアリエスにし、彼女はそっけない対応を続ける。
それでも、時折、
「御主人様、お疲れではありませんか?」
という言葉が、私が疲れを感じたと同時にアリエスの口から発せられるのが嬉しかった。
「大丈夫だよ、アリエス」
「そうですか、でも我慢なさらないで下さい」
「分かった。疲れたらそう言うよ」
「有り難うございます、御主人様」
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