三 常識範囲

・セイバー

こんばんはー


・ユウキ

こんー


・セイバー

いやー、親が乗り込んでくるそうで。


・ユウキ

本当に退職になっちゃうのか……


・セイバー

そこで以前言ってたけど、どう? あいつと会ってみる?


・ユウキ

まだ結構迷ってるけど、ここまでして貰ってるし私が退職にならないように説明できればと……


・セイバー

ユウキさんのせいじゃないよ。僕は個人的にも許せなかっただけなんで。

それに僕達は、あいつの作ったゲームにコメントしてないのにああなってたし。


・ユウキ

個人的には私も面白いと思ってたけど、あのコメントの荒れようは酷かったよね……


・セイバー

ショックで相当落ち込んだって感じだったけど、親を連れてくるって言うほどまだ懲りてないんだと思うよ。

自分の責任を自分でとれないからみたいなのもあるだろうし、基本的には単純だからね。

ネットでは誰もがネットマナーを守らないといけない事なんて興味ないんだと思うし、僕はもう処分の覚悟してるから。


・ユウキ

近場だし行くよ!


・セイバー

よし! じゃあこの○○駅まで明日朝の9時までに来て! 迎えに行くよ!

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 ある程度明日の予定を組み、チャットを終わってから成瀬はいよいよ覚悟した。もうこれは坂口の担任としてではなく、一人の人間としてユウキのことを考えての事だった。

「再就職かー……」

 少し憂鬱になって考えたが、もう戻れない所まで来ているし、坂口の目を覚まさせるには丁度いいと考えていた。

「寝よう」

 明日何が起きようとも、成瀬は決心を固めていたのだった。


 次の朝、坂口の母親が坂口と一緒に乗り込んでくる。母親は職員室に来て強い口調で言い放った。

「成瀬先生はいらっしゃいますか!?」

 近くにいた教頭が何があったのかと思いながら話を聞く。坂口の母親が子供から聴いたことをそのまま教頭に伝えると、教頭は言った。

「それはどういう……いや、すぐに成瀬先生に来てもらいますので、こちらの部屋でお待ちください!」

 職員室から通された校長室で、坂口とその母親は今までの経緯をずっと成瀬の呼び出しが終わった教頭へとぶつけていた。

「もうそろそろ来ますので……!」

 成瀬がユウキの学校への来校許可を取ってから真っすぐに校長室に入ると、坂口の母親から子供の希望を奪っただの騙しただのとまくし立てて言われるが、成瀬は否定しなかった。逆にどういうことなのかを説明してくれと教頭に言われたので、成瀬は今回の件について知ってもらうことがあると言って、職員室の中で待っている女性を呼び出した。

「坂口君」

「なんですか?」

 半分キレ気味に喋る自分の生徒に普段は付けない「君」を付けて伝える。

「この人はね、君があのスレッドで散々誹謗中傷していたマリーゴールドの夢のゲーム作者さんだよ」

「……え」

 母親は「何のことなの?」と言って、坂口を問いただす。しかし、坂口はもうどういうことなのか分からなくなった。誹謗中傷していた本人が目の前にいる。そしてその人が口を開くごとに母親が「そんなことを……」と絶句する。彼のやったことは、到底許されないようなことだった。淡々とされたことを話すユウキに坂口は口を開く。

「いや、ネットでしょ?」

「まだそういうことを言うのか」

 成瀬は飽きれて坂口に言う。

「坂口君。君はなんで私がここにユウキさんを連れてきたのか実感ないようだな」

 横で呆れた顔のユウキは、成瀬に言った。

「もういいよ」

「そうだね」

 二人はそのまま黙り切ってもしらを切る坂口を置いて教頭に話をつけてから坂口の母親から謝罪の言葉を聞いたが、ユウキはこう言った。

「彼がちゃんと謝罪してくれるまで待ちますよ。許さないですけどね」

「……」

 この日から坂口は学校が休み気味になり、このままではいけないと教頭から事情を聴いた校長の提案で転校することになった。

 成瀬の事に関しては、校長が表沙汰にはできないし、何より生徒の更生を考えていたという事もあって退職は免れたが、三ヶ月間の減給処分となった。


 暫くして、坂口は転校先の高校生活に慣れてから、誕生日にいつも欲しがっていたからと言われ、ツールズの最新パッケージ版を両親からプレゼントされる。

 やはり舞い上がったが、少し考えて今度こそあんな誹謗中傷コメントが付かないくらいの力作を作ってやると意気込んで、あの時と同じブラウザーゲーム投稿サイトにアップロードする。すると、以前の事を知らないプレイヤーが多いのか、割と高評価を得る。しかし、ここで彼はマリーゴールドの夢の作者の事を思い出した。

「私は一生懸命に自分が思い描く作品を作っています。ここまで知名度が上がるまで大変な努力をしました――」

 思い出した。あの作者は努力という言葉を口にしていた。自分も相当努力してやっといい評価の得られる作品を作れたのだった。

 坂口は、そこで初めて申し訳ないことをしたのだという事に気が付き、ユウキのサイトに飛んでから、メールフォームから以下の文章を送った。

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■件名

マリーゴールドの夢を制作された作者様へ

■本文

一年前のことを覚えていらっしゃるでしょうか? あの時あなたのゲームに対しても、あなたに対しても徹底的な誹謗中傷をした、元○○高の坂口です。

あの時は、本当に自分が作ったものがあそこまで誹謗中傷されて、自分でも成瀬先生に恨みを抱いたほどでしたが、俺が間違っていました。

俺がやったことのほうが成瀬先生にやられたことよりも酷いことでした。到底許されることではないと思います。

俺もツーラーになってからユウキさんの作品がいかに努力して作られてきたのかというのを、しっかりと感じています。

今も作り続けられていると思いますが、俺のやったことは変わらない事なので、本当に申し訳御座いませんでした。

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 こうしてメールフォームから送信すると、一日経ってから返信が来た。

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■件名

メールありがとうございます。

■本文

あなたの努力は認めますが、あの時のことは忘れていませんしネットにもずっと公開されています。

ですので、あなたは公開停止で逃げられましたが、私は逃げずに今でも作品を作っています。

同じツーラーになったのなら、もう二度とあんなことはやらないほうがいいですよ。


返信はいりません。

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 坂口は許されないのも仕方ないと理解した。それからゲームをまた作り始めていたが、坂口の作ったゲームが高評価を得ていたころ、同じくユウキも高評価を得てメディアミックス化までは行かなくても、グッズ販売が順調であるという日々が続いた。そんなある日、坂口は定期的に確認していたメール内容を読んでいた。

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■件名

作者さんのゲームに感動しました!

■本文

最高ですね! こんなに最高傑作を作れる人を私は知りません!(いや、私だけの事もかもしれません。

これからも良いゲームを作って下さいね! ここまでの努力を称えて。

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「努力……か」

 彼は今もゲームを作っている。変えられない過去が出来てしまったが、ツーラーとして恥じない行動をこれからもしよう。


 そう心に決めた。


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ネットマナー 星野フレム @flemstory

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