二 ツールズ
成瀬は昼休みの食事を速めに切り上げると、自分の担当クラスの教室へと向かった。
そして、昼休み中にニヤニヤした顔で一人スマホを弄っている坂口を見つけ、声をかける。
「(やれやれ……)坂口、ちょっと時間いいか?」
呼ばれてハッとした少年は、すぐにスマホの画面を消して成瀬の元へ行った。
「なんすか?」
「坂口はゲームとか好きって他の生徒に聴いてな」
「ああ、好きっすよ!」
機嫌よく疑いもなく答える生徒に少しだけ罪悪感を感じながら、ユウキさんの為だと自分の中で折り合いをつけたことを思い出して続きを話す。
「じゃあ、ツールズって知ってるよな?」
「あー! 最新出たんですよね! 俺もあれ欲しいですよ!」
ツールズの事を知っていると坂口に聴き、ならば好都合だなと成瀬は思った。
「そうか、なら丁度いい。次回のネットに関しての授業で、その最新のツールズを使うんだが、ちょっと先に触ってみるか?」
「え! マジですか!?」
反応がいいなと思いながら次の言葉を出す成瀬。
「ああ、私のノートパソコンにインストールしてあるからな。PCルームまで今来れるか?」
「時間ありますし全然大丈夫ですよ! むしろ早く行きましょう!」
しっかりと餌に食いついた状態の坂口に、これから自分に起こる退職させられるかもしれないであろう一連の事を考えながら、成瀬は楽しく話す坂口と共にPCルームへ入った。最新のツールズを観て触って、かなり興奮気味の坂口は成瀬に言った。
「うわー! いいっすね! 俺これの古いシリーズの奴の体験版やってたことあるんすよ! マジですげーっすね今回のツールズ!」
「そうだろう」
順調にハマっているようなので、成瀬は坂口にゲストログインで自分のノートパソコンを使っていいので、作品を作ってみないか? と言った。
「おぉっ! やりますやります!」
何も疑う事のない坂口に成瀬は、これから起こす行動について、昼の休み時間が終わる五分前まで整理し、放課後にPCルームに行けるようにしておくからと言って、その場を後にした。暫く歩いてから思った。あいつはかなり単純な奴だなと。自分もこの件が終わったらこの学校を退職処分にされるかもしれないという事を含めて、成瀬は全部を実行しようと思った。
暫くして、ある日の放課後。坂口がゲームを作り終えてから成瀬に職員室へ報告しに来た。彼はかなりハイテンションな状態だった。
「先生! できったすよ!」
「おお! できたか!」
そう言って、すぐにPCルームへと二人で行く。
「ほー、こりゃ割と面白いな」
生徒が初めて完成させた処女作に、成瀬は感嘆するようにプレイしていた。面白いと言えば面白い、それは本当だった。ただかなり粗削りだった。
「どうっすか!」
「うん、いいな」
「マジですか!」
坂口が喜ぶ様を観て、成瀬はある提案をした。
「なあ、これさ。ゲームシェア機能使って、投稿してみないか?」
「いいっすねぇっ!」
その場のテンションとノリだけで答える坂口に対して、やっぱり単純だなと思いながら成瀬はゲームをブラウザゲーム投稿サイトに、本人の許可を得つつアップロードした。
紹介文にも処女作だという事を明記して投稿した。大体の紹介は書いたのであとはコメント待ちとなった。そして数日後、やはり成瀬が思っていた通りになった。
「先生……」
「どうした? 浮かない顔だな」
「ちょっといいっすか?」
「ゲームの事か?」
放課後の職員室で表情を曇らせながら、坂口は暗いトーンで「はい」と言いながら、PCルームに来てほしいと言ってきた。
大体察しはついていたし、なぜ落ち込んでいるのかも知っていた。坂口が投稿したゲームに、観て分かるほどの酷い罵り文や、誹謗中傷文がコメントされていた。
「これは酷いな」
当然の言葉を成瀬は言う。そして、坂口は成瀬に言った。
「先生、これ公開停止してもらっていいですか……」
暗いトーンで話す坂口の言葉に「わかった」と言って、坂口の作ったゲームは公開停止になった。安堵した坂口に成瀬は言う。
「この前な。あのネットマナーの授業の時な」
「?」
覚えていないという表情で担任を観る坂口に続きを言った。
「マリーゴールドの夢ってゲームの誹謗中傷のスレッドで、お前その作者さんやゲームに関してかなり酷いことしてたろ」
「!」
坂口はハッとして成瀬の言葉を待つ。
「あのゲーム作った作者な、私の知り合いなんだよ」
「え――」
坂口は言葉を失う。そして成瀬はとどめの一言を放つ。
「どんな気分だった? こうやって誹謗中傷を自分がされた気分は」
坂口は一瞬分からなかった。何を言われているのかさっぱり見当がつかなかった。なぜ自分の担任がマリーゴールドの夢の作者のことを誹謗中傷していたことを知っているのかもその時の自分では整理が付かず、坂口は一言こういった。
「……帰ります」
「そうか、気を付けてな」
そのまま考えが纏まらない自分に対して、坂口は屈辱を覚えていた。このことを帰ったら親に話そう。そう決めた。
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