第2話 何も知らない
「あー、スカウト、でしたっけ。お断りさせて頂きます。状況どころかこの世界のことが分かってないので」
あ、固まった。あ、落ちた。カッコつけて二階の手すりに乗るから。
「な、何でだ!?記憶喪失か?医療なら軍も力を入れているから──」
「違います。とりあえず今日はお帰りください。あぁ、なんなら永遠にそこの地面で這いつくばって眠ってもいいですよ?邪魔ですし、皆に踏まれますけどね」
こういった暑苦しいタイプは苦手なのだ。こういった奴は喋らせないのが一番。そのうち黙って隅でキノコを植え始めるだろう。体験談だと。
「…ククッ、主、中々いい性格をしているな」
「ふふふ、そこで笑っているロウガも中々いい性格をしていると思いますよ?」
二人で『クククッ』『ふふふ』と笑い合う。周りを見たら泣いてる奴もいたけど。そんな怖いところあるか?
「………わかった、今日は帰る。また明日に──」
「来なくていいです。むしろ来たら迷惑です。生徒の健全な生活の妨害を軍は推奨するんですか?」
「…………ちっ、こっちが下手に出てやったら調子に乗りやがって!」
急に叫んでこっちに走ってきた。え、ヒステリーですか?熱血で暑苦しくてヒステリーって、めんどくせえな。どーしよ。別に俺強い訳じゃないんだけど。
「ククッ、主。ポーカーフェイスか?俺に命じてくれれば何でもやるぞ?」
あ、契約獣ってそんなモンなの?場合によっては奴隷になるじゃねえか。気を付けねえとなあ。虐待は嫌だ。
「んー、じゃあ意識を落として下さい。殺すと厄介ですからね」
「…っ!ククッ、やはり面白いな。主は。……御意」
全くもって何が面白いのかが分からないが、命じれば本当に実行に移したし、何より素早く丁寧だ。一瞬で相手に近付き、後ろに回って、力加減をした手刀を首に入れる。まるで専門家の動きを見ているかのようだった。
「グッ、ゲ……」
スカウトマンはバタリと倒れた。意外に弱かったな。それともロウガが強いだけなのか?
「これでいいか?主よ」
「ん、ああ。立派すぎる働きです。……僕も体術を習うべきですかねぇ」
今はロウガがいたから対処が出来たが、一人の場合、逃げてばかりで体力が尽きてやられる姿が簡単に思い浮かぶ。それが悲しいところだ。
そういえば、何だかんだ騒ぎがあったから色々横にずれたが、入学式とやらはどうするのだろう。俺も無事契約を終えてロウガという自慢の契約獣を仲間にしたわけだが。皆顔を真っ青にして、中には腰が抜けているのもいる。とてもさっきの空気で続けることは無理そうだ。ならここにいる意味もない。
「あ、ロウガはずっとその姿なんですか?」
ふと気になったことを尋ねてみる。部屋によってはベッドが狭いかもしれないからな。ちなみに軍学校は寮制度で二人一部屋らしい。俺と同室になるのは誰だろう。
「いや、俺は狼の姿にもなれるし、大きさも自由自在だ」
……!?何だって?ならこうするしかないだろう。
「…仔狼。仔狼姿がいいです!」
思わず力みすぎて『ハイハーイ』と手も上げていた。ホラ、ベッドが小さいかもしれないし、仔狼だったら幅とらないし俺の肩乗れば平気だし……何よりッ、モフモフしたい!ちっちゃい狼モフモフ!したい!
「……ククッ、ハッ!分かった分かった。あ、それから主。……俺の前でまでその喋り方でなくていいぞ。普段の喋り方でいい」
……あれー?いつバレたんだろうな~?ロウガの前、というか人の前でボロ出したことは無かったと思うんだけど。まあ、ロウガならいいや。
「一応弁解をしておきますけど、人を相手にするときは基本敬語なんですよ?バレたのがおかしいだけで」
「はいはい。分かったから。ホラよっ」
ああ、目の前には白くて小さいモフモフが……もふりたい、もふりたいけど、襟巻きもしたい。あぁ、俺はどうすればいいのだろう。モフ……もふるのは部屋でもできる。なら今は襟巻きしよう。そうしよう!
『…そんなギラついた目で見るなよ…仔狼、モフモフしたかったんだろ?』
「な!?な、何で……」
『何で知ってるかって?契約すると
「……ふふふ、なら隠す必要はねえな。まずは襟巻きになってもらおう!」
『…いや、今暑いだろ?大体33℃はあるぞ』
「そんなことはどうでもいい。俺は今すぐモフモフをもふりたいんだ」
そう、暑かろうが寒かろうが今あるチャンスを逃すな。それが俺のモットーである。すると目も前の可愛らしいモフモフは俺をじっと見た後、軽く溜め息を吐いた。それから地面をトンッと蹴り、そのまま俺の腕や服を上手く使って首に回った。
『これでいいか?』
「あぁ、モフモフだぁ……ロウガ毛並みいいな。サラサラふわふわしてる」
『それほどでもある』
そんな俺たちを怯えた
あの騒動から数十分後、ようやく筋肉さんが我に返り、各自部屋番号が記されている掲示板の場所を教えてくれた。早く言えってんだよ。その場所にロウガをもふりながら向かう。何とか人の波を掻き分けて見つけた掲示板から自分の名前を探そうとして気付いた。
この学校の人達俺の名前知ってんの?
『……今更だな。だが、そこは俺に任せろ』
本当に今更だ。何で忘れてたんだろ。…あ、聞かれなかったからか。
『分かったぞ。これは運命なのか、それともわざとなのか…… 1-狗号室。同室は…カイト、だな』
ふぅん。部屋って神獣の名前なんだ。カイト……知るか。でも、まあ普通に接してくれる奴だといいな。
そう思ったらロウガにペロンと頬を舐められた。
『そう不安に思わずとも平気だ。主。俺はいつでも主の味方で、傍にいる。いつでも頼ってくれ』
……ん、そうだな。らしくない。時間なんて否応なしに過ぎていくものだしな。気にしたところでどうにもならない。さて、じゃあその1-狗号室とやらに向かいますかァー。
ヘェ、棟分けは学年分けなんだ。ふぅん、蛇、鴉、獅子、龍、ペガサスなんてものもあるのか。ん、と……
『主、それを口にするな。穢れるぞ』
いや、口にしてないし。喋ってない。というか、何?虎と狼って仲悪かったの?
『仲が悪いんじゃない。アイツが突っかかってくるんだ。俺はそれを相手してるだけ』
………ふぅ~ん?相手、してるんだ。なんだ、仲いいんじゃん。
『良くない!』
ホラ、ローも虎のこと意識してんじゃん。あれかな?いやよいやよも好きのうち、とか。
『……ちがう。好きじゃない。生け簀かない奴だ』
プッ、ローってさ、虎のことになると意地になるよな。ヒトガタのときあんなにカッコ良かったのに、子供みたいでカワイイ。
『……ふぅ~ん?カワイイ…?俺が…?』
「なら、コレは?まだ『カワイイ』?」
ローと話ながら寮の廊下を歩き進んでいると、『カワイイ』というのが気に入らなかったのか、突然ヒトガタになって、壁ドン、された。急な出来事に目を見張るが、ローの目にはからかいの色が一切なくて、それに混乱する。
「主、どうなんだ?まだ『カワイイ』のか?」
そんなに『カワイイ』という形容詞は気に入らなかったらしい。けれど、そんなところなんだよな。思わず苦笑が漏れる。
「フッ、カワイイよ。だって、ひとつのことに頓着して、必死に弁解しようとして。そんなところがカワイイんだ。姿じゃない、中身だよ」
そこまで言うとローが憮然とした表情になった。
「……そうだよな。アンタのそんなところを気に入ったんだ。…ククッ、やっぱり変な奴だな」
む、心外な。ほら、早く部屋行かないと行けねえんだから。退いて、で、モフモフに戻って。
「……ック、ハハハ!そんなに好きなのか。分かったから睨むな」
そう言ってからポフンと仔狼に戻って襟巻きになった。
大人しくそうしてればいいんだよ。あ、ここだ。誰かいるのであればチャイム押した方がいいんだろうけど。ロー、中に誰かいる?
『ん?……んー、いるな。既にリラックスしてるから荷解きは終わってるじゃないのか?』
え、そんなんまで分かるわけ?隠し事出来ねえじゃん。ま、じゃあチャイム押すか。
───ピンポーン、ピンポーン────
ガチャ
「ハイハーイ!あ、確か神狼様の人!へえ、同室君だったんだ。あ、ごめん。上がって上がって!」
「あ、はい。失礼します……」
『俺に対する喋り方と比べると猫被ってるみたいだな』
「うるせえよ」
「え?」
あ、やらかした。無意識に口で返事したからぁ~!別に猫被ってる訳じゃねえんだよ。ただ人を相手にすると敬語になるだけで。ローが特別なだけだってば!決して猫は被ってない。
「……えぇーと、騒がしかった、かな?」
「ちっ、ちがっ!え、えと、このチビ!コレを相手にしてたわけで決して君に対して言ったわけでは…」
「フフッ、分かってるよ。そんなに焦らなくても。俺も契約獣はいるからね。あ、この子が俺の契約獣の『お前、こんなところで何している!』え、ど、どうしたの?何かやっちゃった?」
あ、もしかしなくても自分の契約獣以外に心通話は使用できないってことか。で、どうした?
『……コイツ、虎だ』
……………………What?
「ハアァァァァアア!?このキジトラ模様の猫が虎ァ!?」
「……ちっ、ここまで上手く行ってたってのに。やっぱり俺のこと好きなんだなァ、わざわざ邪魔するほど。ナァ、狼くん?」
ワアオ。仔猫が金髪茶色目、ホストのような見た目のこれまたイケメンに。本当に虎だったのか。カイトも目ェ見開いて口半開きだし。
「はん、誰がてめぇなんか。自意識過剰も程々にしやがれ」
いつの間にローもヒトガタになってるし!どうなってんの、コレ?
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