メッセージ10 冬枯れの心 ④
【 拓馬の視点 】
いつのまにか常連客のおじさんと演歌を歌うことになり、それなりに盛り上がった。
「あんちゃん気に入った!まあ一杯飲め!」
ビールを勧めてくるおじさん。
「いやいや・・・車運転してるので勘弁を・・・」
僕は逃げるようにその場を離れた。
時計はもう夜の10時を回っている。
(明日は仕事だ、もう帰らないと・・・)
僕ははるさんに挨拶をしようと戻る。
「はるさん・・・・・もう遅いからそろそろ帰ります!」
【 はるなの視点 】
歌を歌い終わったたくまさんが戻ってくる。
「その言い方おかしい、わたしはるさんなんて言われた事ないもの」
「ご、ごめん・・はじめて会った時、あなたの友達がはるちゃんと呼んでたから。つい・・」
(そうか・・あの時カフェでたくまさんも隣にいたんだ。)
「たくまさん。そういえば私達、自己紹介がまだでしたね。」
「わたし、鮎川はるなと言います。」
「はるな・・さんですか。あっ!そ、そうだ・・」
「僕の連絡先です・・・」
彼はそう言って名刺を渡してくれた。
「かみ・・もり?・・・」
「たくまです」
「神森拓馬さんか・・・よろしくお願いします。」
初めて会ったカフェの時とおんなじ表情で、彼はその時すごく照れていた。
「驚いたわ!あなた達って本当に知り合ったばかりなの?」
姉は目をまるくして言った。
「僕は大分前に出会ってました。あっ、ママさんカラオケ楽しかったです。お代です・・」
拓馬さんはお金を払おうとしたが姉がきっぱりと断る。
「いいの、いいの、妹を送って頂いてお金なんてもらえる訳ないじゃない。」
「その代わり、今度来る時は車じゃなくちゃんと飲みに来てネ・・・まってるわん!」
「はるなさん・・・それではまた今度・・・・」
彼はいそいそと店の外に出て行った。
「いいの?はるな!あなた彼に失礼な事していない?」
そう言った姉の顔は険しかった。
私はその時姉の言葉の意味が一瞬理解出来なかった。
「車で送ってもらって、名刺までもらっといて、あなたの連絡先は知らん顔なの?」
更に姉にしかられた。
「こういう商売してるから、どんなお客さんも私は大事にしてるのよ。礼儀は大切にしなくっちゃね。」
「ごめん今日は色々あったから、ついうっかりしてしまったの。」
「あなたにとって彼は今一番大切な出会いじゃないの?」
姉に渡されたスナックの名刺の裏に携帯番号を書いて、急いで彼に渡しに行く。
【 拓馬の視点 】
お店に出てからも、気分が高揚している。酒を飲んでいないが、心は心地よく幸福な気持ちに酔いしれていた。もう少し彼女と一緒に過ごしたかったが、今日は十分に満足した。はるなさんと言う名前も聞けたし、楽しいお姉さんにも会えて楽しかった。
もう彼女の心も落ち着いたろうか。夜空には雲ひとつなく、僕達の心を写す鏡のように月が明るく照らしていた。
すると車に乗ろうとした時、彼女に呼び止められた。
「拓馬さん待って・・・」
「今日は遅くまで付き合ってくれて、本当にありがとう。これ、私の連絡先です」
彼女に渡されたのは先ほどのスナックの名刺だった。裏には彼女の手書きの携帯番号が記してあった。
「はるなさん!・・・」
その瞬間僕は一番伝えたい事を言いたかったが口に出なかった。
「はい?」
彼女が何か言いたそうな僕の顔を見た。
「あっ!・・・いえ・・・また、近いうちにお会いしましょうか・・・」
(やっぱ今日はいいか・・・本当は友達として付き合ってくれますか?って言いたかった)
「はい!またお会いしましょう。」
彼女は優しく微笑んでくれた。
【 はるなの視点 】
私はひとつ気にかけていたことを聞いてみた。
「拓馬さん・・・あのカフェでずっと私を待っていたんですか?」
「えっ!・・・」
彼はちょっと恥ずかしそうにうつむきながら話した。
「はるなさん・・・心の中まで寒い風が吹いてる時ってありませんか?そんな時って早く春が来ないかななんて思うことがありますよね。」
「僕はこの街に春風を探しに来ました。そしてやっと見つけられました春風を・・・」
「春風?・・・」
「あのカフェで泣いていた、はるなさんの心にも春風が吹けばいいと思います。」
いえ!きっと吹いてきますよ」
そういって拓馬さんはいそいそと車に乗った。
(そういえばカフェでは冬枯れだった私の心の中に、今はぬくもりの風を感じている)
「さようなら・・・はるなさん!」
右手をあげた彼に私も手を上げる
「おやすみなさい・・・拓馬さん。」
こうして私の長い一日は終わった。姉の店に戻った
「はるな!明日も仕事でしょう?一人きりの部屋には帰りたくないと思うから、今夜は泊まっていきなさい。」
姉には頭があがらない。私が考えている事がお見通しだ。
「実はそのつもりできたんだ、ありがとうお姉ちゃん。」
(さっき拓馬さんが言ってた春風ってなんだろう?私も追いかけて見ようかな。)
【 拓馬の視点 】
奇跡とも思えるあの人との再会。今は運命の歯車が力強く回っている。もう止める必要はないだろう。僕はあの人に恋をし始めた。そしてあの人が住む街がますます大好きになっていた。
今日の夜は月明かりが真っ直ぐに路を照らしてくれていたので、安心して家路に帰る事が出来た。
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