メッセージ10 冬枯れの心 ③

【 はるなの視点 】


 カフェを出た私達。さすがに外は寒い。もう夜の8時を過ぎていた。


「はるさん。どこに行きますか?」 

「となりの街の駅前にケヤキ並木通りがあるんです。その通り沿いに私の姉がやってるスナックがあるの、そこに行ってくれませんか・・・」


私には姉がいる。家に帰りたくないもうひとつの理由は、寂しさの為か身内恋しさが募ってきていた。


【 拓馬の視点 】


 僕は彼女に誘われるまま、どこにでも着いて行こうと思った。

(彼女のお姉さんの店か・・・寂しさの為なのかお酒でも飲んで気を紛らわせたいのかな?)

とにかく車で送ることにしよう。


助手席に乗るはるさんが 「すみません・・」と一言小さく答えた。


 彼女のお姉さんのスナックがあるお店は車で20分くらいのとなりの街にあった。

車を走らせている間、会話がないまま彼女は窓越しに夜の街をぼんやりと見つめながら時間が過ぎていった。


「はるさん。今日は寒いですね・・・・」 


僕は何か話そうと、ありきたりの言葉をかける。


「はい・・・・」


彼女は小さく声を出したが、それ以上話そうとはしない。

大きな川を渡り、目的の場所へ向かう。


【 はるなの視点 】


 私は車に揺られながらも美奈の言葉を思い出してしまった。そして必死に涙をこらえた。


『はるちゃんこそみんなの太陽なんだよ・・』 


(そんなの嘘!昼は明るい太陽だって夜は寝る時間じゃない!だから今は太陽なんかなれない・・・)


「今日は寒いですね。」


 たくまさんが優しく言葉をかける。

彼は私が泣いていた理由を聞いたりしなかった。でも今の私は彼との会話を楽しもうという気持ちにはなれそうもない。


「もう直ぐ着きますよ。」


何気ない彼の言葉になぜか心の中が少し揺れ動いている。


【 拓馬の視点 】


(お姉さんってどういう人なんだろう?たぶん彼女と同じように明るい人かも知れない。お姉さんに会えばきっとはるさんも元気になるはず・・・)


 駅前のけやき並木沿いに車を走らせ、目的地のスナックに到着する。車を止め僕は彼女の後を着いていく。

いくつかのテナントが入っている貸しビルの一階にそのスナックがあった、店の中からは陽気な歌声が漏れてくる。ここが彼女のもう一つの癒しの場所なのだろう、少し緊張してきた。


 ドア越しに彼女が何か話しをしている様だが、客のカラオケの熱唱に消され、よく聞き取れない。そして彼女が僕に手で合図をおくる。


【 はるなの視点 】


 姉が営むカラオケスナック “秋桜コスモス” は小さなお店だがいつも常連客で賑いを見せている。

お店のドアを開けると、中年のサラリーマン達が酔いと歌声の饗宴を披露していた。


「いらっしゃい!あらら?誰かと思ったら、はるなじゃないの!どうしたのこんな時間に。」


この飛び切り明るい声で迎えてくれたのがこの店のママ、つまり私の姉だ。


「お姉ちゃん!久しぶり、今日はお友達を連れてきたんだ。」

「たくまさん入って・・・」 


そう言って彼を招き入れた。


「お邪魔します・・・」


【 拓馬の視点 】


 僕ははるさんの紹介をうけ 軽く会釈しながら店に入る。

お店の中は、バーカウンターと数人が座れるだけのテーブル席がある。シンプルで小さな店構えであるが、お酒とカラオケをこよなく愛している常連客であろう、何人かのサラリーマン達が夢の一夜を過ごしていた。

僕はカウンターにいたママさんに声をかけられた。


「あら?素敵な彼氏さんね!いらっしゃい。」

「違うの!たくまさんは、その・・・大切なお友達なの!」

「わかった!わかった!じゃあ素敵なボーイフレンドさんは何を飲むかな?

「あっ!お姉ちゃん彼、車で来てるのよ!」

「あら残念ね!じゃあカラオケでもする?」

「カラオケは大好きですよ!僕も友達と良く行きますから。」

「じゃあ遠慮しないで歌ってね。」


スナックのママだからか、彼女のお姉さんもやはり明るくて、元気のいいひとだった。


「はい、遠慮しないで歌います!」


そう言った僕は早速歌詞カードを見る。

そこにさっきまで熱唱していた中年サラリーマンが僕に話しかける。


「あんちゃんも一曲歌うか?」「お店のママ美人だろう。俺もこの店ずい分長く通ってんだよ。」

「そうなんですか。じゃあ僕も歌います」

「よし!歌え」


マイクを渡されるとサラリーマンにつられてか、自分のお気に入りの曲を熱唱する。


【 はるなの視点 】


 いつのまにたくまさんは他のお客さんに交じって、マイクで熱唱中。それを見ていたお姉ちゃんも勝手に場を盛り上げていた。


「イエ~イ・・・ヒューヒュー!!」 

「そういえばはるな、今日はどうして来たのかな?何か訳ありでしょう?」


姉が小声でささやいた。


「友達とね・・・・ちょっと・・」

「何?」 


姉は私の顔を覗き込む。


「喧嘩別れしたの・・・」 


ついさっきまで心が淋しかったことを話すのが気恥ずかしくなった。


「ただの喧嘩じゃわざわざ姉になんか会いに来ないよね?」

「はるならしくないよ! はっきりいいなさい。それとも、お姉ちゃんには相談できない事なの?」 


私は首を横にふる。


「私も色々経験してきたからわかるんだけど。すごく親しかった友達や知人がね、ある時自分の前から突然去ってしまう事があったのよ。」

「えっ!」


私は姉の言葉にドキッとした。


「普通の喧嘩なら後で仲直りできるけど、人生の岐路に立ったときってね、環境の変化とかお互い別の目的があったりするときに、ちょっとした別れがあったりするのよ」

「別れた時は悲しいけど、後になってその意味が解る場合が多いんだよ」

「そ、そうなのかな・・」


「人生ってね、時々残酷だなって思う様な事もたくさん起きるんだけど、それって多分意味があってね、別れたり悲しい事や後悔をしながらも、経験を積んでいくんだと思う」

「お姉ちゃんもそんなことがあったんだ・・・」

「あったあった!いい男に振られた事も、なじみのお客がほかのお店に取られちゃう事も、いっぱい苦い経験したんだよ。ははは・・・」 


姉らしく笑える言葉で話してくれた。


「人生つまらない!なんて愚痴ばかり言ってる人や、精一杯前向きで頑張ってる人もいたりお客さんからいろんな話を聞いてあげて、楽しいひと時を過ごせればいいかなって、私は思ってこの仕事してるのよ」


姉の言葉に胸がじんとなった。


「でも、別れがあった時って必ず、新しい出会いもあるのよ。」

「別れることに意味があるなら、新しい出会いこそもっと意味があるのよ。だから、新しく出会った人は大切にしなくちゃね。あなたにももう、大切な友達が訪れてきたんじゃないの?」


私はたくまさんの方を見てつぶやく 

(大切な友達か・・・)


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