メッセージ10 冬枯れの心 ②
【 拓馬の視点 】
午後7時を過ぎた頃、チリリン!と呼び鈴が鳴り響いた。
(まさか・・・)
そう思いドアの方を振り向いた。そこには暗く、うつむいたままの一人の女性が立っていた。
(また人違いか・・・)
そこで店のマスターがその女性に声をかけた。
「いらっしゃい、今日は遅いね?」
その人は無言で歩いてきた。
何気なく顔を見た瞬間、間違いなくあの人である事に気付いた。
(あっ!はるさん・・・)
僕は声をかけようとしたが、出会った時とはまるで別人の様に笑顔が消え、悲しみにくれるあの人の姿を見て、僕はためらった。
(はるさん・・・いったい何があったんだろうか?)
彼女は一番奥のテーブルに座りうなだれていた。
【 はるなの視点 】
そのときまで耳に入らなかった声が響いた。
「・・・大丈夫かい?」
お店のマスターが心配そうに声をかけてくれた。
「はい?・・・」
「さっきも声をかけたんだけど、まるで聞こえなかったみたいだし。こんな遅い時間に一人なんて、めずらしいね。」
マスターのやさしい声に反応して私はこらえられなくなり、目から涙があふれる。そしてたまらず号泣する。
「うっ・・ううう・・うわ~ん!!!」
「どうしたんだ!何かされたのかい!?」
(このお店では泣いた事なんかなかったせいか、それでマスターはひどく慌てたみたい)
「ち・・ちがうの~!ちがうのよ~!!!」
泣きながらも声にならない声で必死で答える私。
「ご、ごめんなさい!!しばらく一人にさせてください・・・・」「うっ、うっ!・・・」
私は顔をくしゃくしゃにしながら泣いていた。オーナー夫妻が気を使って言ってくれた。
「落ち着くまでゆっくりとして行きなさい。」
「何かあったら遠慮しないで呼んでね。」
優しい言葉にたまらなくなりまた涙が溢れた。しばらくテーブルに伏せてしくしく泣き続ける私。
どれくらい泣き続けたろうか?たぶん一生分の涙を流したみたい。泣きすぎて顔もぐしゃぐしゃ・・・ 今の私の顔はまともに鏡で見れないくらいにブサイク顔だろう。
(こんな顔誰にも見せられない・・・・)
【 拓馬の視点 】
太陽みたいに明るかったあの人が今日は土砂降りの雨に泣き濡れている。そして僕の心まで雨が降りそうで辛かった。
(このままそっとした方が良いのかも知れないな・・・せめて挨拶だけでもしようか?)
しばらくたってもはるさんは顔を上げようとしない。
僕は意を決して彼女の傍まで歩みより、ハンカチを差し出した。
「はるさん・・・?あの、よかったらこれ使ってください。」
彼女はゆっくりと顔を上げ不思議そうに僕を見た。
「どなたか知りませんが・・・すみません・・」
差し出したハンカチで涙を拭った。紅潮して目も赤く腫れていた彼女の素顔を見て、僕は痛いほど悲しみが伝わってきた。
「たくまです。はるさんですよね?お久しぶりです。」
少しでも悲しみを癒そうと僕は笑顔で答えた。
「えっ!・・たくま?」
彼女は少し驚いた様子。
「あっ・・たくまさん・・私・・ごめんなさい・・こんな顔で・・」
彼女はそう答えると僕から顔を反らした。
その時僕もどう言葉をかけて良いのか、まさか泣いてる理由を他人の自分が、尋ねる訳にもいかない。
【 はるなの視点 】
視界はまだぼやっとして良く見えないけど、「はるさん・・」とその名前を聞いた瞬間にあの時の記憶が蘇った。
親友の美奈と、このカフェで喧嘩になった時、とっさに起きたハプニングで和やかになった事。そうあの着信音で私たちは仲を取り戻した。あの時の彼が偶然にもこの場所に現れた。
「お久しぶりです。」
彼の声を聞いた瞬間、人前で涙なんて見せた事ない自分自信の素顔に急に恥ずかしくなり、私はとっさに理由を考えた。
「ちょっと、友達と喧嘩しちゃって・・」
それ以上は何も言えず言葉につまった。
「そうですか、悲しいことがあったのですね。」
たくまさんが優しく答える。
「落ち着いたかい?これは私のおごり・・・飲みなさい」
店のマスターが差し出したのはわたしの大好きなホットレモンティー。
ひと口飲むと心地よい香りが、悲しい心の中に染み込んで行く。
「ありがとうマスター・・・」
こんなにも人の温かさに触れたことはあまりなかった。また泣きそう。
「はるさん・・・よかったら家まで送りましょうか?すぐ近くの駐車場に車を止めているんです。」
「だ、大丈夫です。気分が落ち着きましたから、もう家へ帰ります・・・」
私は彼に嘘をついた
(本当は今日は家なんて帰りたくない・・・)
「じゃあ僕はお邪魔でしょうから、これで失礼します。またお会いできたら嬉しいです。」
彼と短い言葉を交わしているうちに心が和らぐような感覚を覚えた。そして彼が帰ろうとした時心の寂しさを訴えようと口が開く。
「あ、あの・・たくまさん!待って!・・・ もしお時間がありましたら、少しお付き合いしてくれますか?」
彼は少し驚いたようだったが、笑顔で答えてくれた。
「いいですよ。」
「少しの間まってください・・・」
私はくしゃくしゃの泣き顔を整えようと化粧室に急いだ。
【 拓馬の視点 】
僕は一瞬耳を疑った、はるさんから誘いの答えが返ってくるとは想像も出来なかった。
「あんなに落ち込んでいたのにあなたのおかげで彼女は元気になったみたいだね」
お店のマスターが僕に声をかけた。
「あの子と知り合いなの?」
そうマスターは尋ねてきた。
「はい・・・とても良く知ってます。」
「そうでしたか。」
マスターはそれ以上何も聞かなかった。
【 はるなの視点 】
鏡を見る私。
(ひどい顔・・・マスターや、たくまさんにこんな顔を見せていたなんて・・・)
目はまだ赤いけど、化粧を整え気持ちをリフレッシュさせた。
(よし!)
心の中で自分に言い聞かせる。いつの間にか私の心の中に風が吹き始めた。
お店に戻り改めてお店のオーナー夫妻に挨拶をする。
「今日はお店にご迷惑をおかけしましてすみませんでした。」
「少しは元気になったみたいね。」
マスターが優しく微笑んでくれた。
「迷惑なんて思ってないよ、ここはいろんなお客さんが疲れを癒しに来る場所だから、辛い時はいつでも来なさい。」
「そうよ、美味しいケーキ、いつでも用意しておくからね!」
オーナー夫妻のとてもやさしい気遣いにやっと気持ちが落ち着いた。
「私の友達のたくまさん・・・今日は彼に送ってもらいます・・・」
そう言って彼を紹介する
「彼、随分と長く待っていたようだけど、そうなんだ・・・あなたの大切な人でしたか。」
マスターは微笑んで私たちを見送った。
「たくまさん、誰を待っていたんですか?用事があるなら私・・・」
そう言いかけると彼が慌てて答えた。
「はるさん、違うんです!別に誰も待ってはいませんから・・・僕は平気です!」
その時、彼の顔が紅潮していた。
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