(拓馬・はるな編)

メッセージ10 冬枯れの心 ①

【 拓馬の視点 】


今日は決意新たに再び僕はあの人に会いに行く事にした。

外は木枯らしが吹く寒い日の午後、車を運転しながらも、心の中はあの人の事で頭が一杯である。


 僕の住む素朴な田舎町から、東西に伸びる道をひたすら西へ進む。いくつかの賑やかな街と田園風景、なだらかな山並み、そして県境も越え、やがて走る車が彼女の住む地域のナンバーに変ると、心が躍るようにワクワクしてくる。ハイウェイを降り数十分も走ればあの人に最初に出会った街に到着する。


 今日会える保証もないのに行く意味があるのか? 他人に言えば笑われるだろうが、あの人の事も、出会ったその街も好きになり始めていたからだ。

僕の心は自分の運命の歯車が回りだしてしまい、もう簡単には止められない。

今はその運命に素直に身を任せてみよう。何か答えが見つかるかもしれないから・・・


(あの人は今日もあのカフェに来ているだろうか?) 

少し不安は残るが、今は迷ってなんかいられない。 

(恐らく今日は仕事だよね?何時に行けば会えるのな?・・・

もう会えることばかり頭の中に浮かんでくる。 

(この間会った時間に会いに行こう) 

少しばかりの不安と期待感を胸に抱きながら車を走らせた。


午後4時・・・ちょっと早く着きすぎてしまった、少し街を歩いて過ごそうか。 

(あの人はまだ仕事中であろうか?) 

そんな勝手な想像だけで少し希望がわいてきた。


 アーケード街は夕刻の買い物を求める主婦達と、学生達の華やいだ姿で賑わう。商店街を抜け市役所の大通りを歩く。整備された閑静な場所を抜ければ “シティーギャラリー” に出る。

あの人と最初に出会った場所だ。今は人通りも少なく広場には、犬の散歩に来ていた愛犬家達がお喋りに夢中であった。特に当てもなく時間をつぶしながら街を歩いた。


【 はるなの視点 】


 午後になっても不安な気持ちがどんどん広がっていく。正直仕事にも気力が入らない。


「振替伝票に仕訳入力ミスがあってね。新しく入った派遣の子にちょっと頼んだのが悪かったかな・・・悪いけど急ぎなんでちょっと残業してくれないかな?」


課長からの残業依頼・・・ 

(最悪!もう早く帰りたいのに、何でこんな時に!)


「わ、わかりました・・・。」

「じゃ!よろしく!」


いつも頼むときはさりげない課長の態度に、怒る気力は今は残ってない。永遠とも思える長い午後の時間が、ゆっくりと過ぎていった。


【 拓馬の視点 】


 午後5時を過ぎる・・・そろそろあのカフェに行って見ようか?僕の気持ちは、ちょっぴりの不安と大いなる期待感で揺れている。

あの人のお気に入りのカフェの名前 “プランタン” フランス語で「春」を意味する言葉だ。


 ドアを開ければ呼び鈴と共に、春のような心地よい温かさが顔を吹き抜けていく。はるさんとのあの再開の時もそうであったように、ホッとした安心感が込み上げてくる。

今日はお店が混んでいる。僕は店の中にあの人の姿を探したが、見つけることは出来なかった。とりあえずカウンターに座り、あの人を待つことにした。


30分が過ぎる・・・相変わらずお店は学生たちで賑わっていた。

(コーヒー一杯だけで、待ち人を待つのはちょっとばかり厳しいよね?)

でも軽食を注文する程食欲もなかった。


やがて1時間が過ぎる・・・まだあの人は来ない。

考えてみれば今日お店に来るっていう約束は何もない、元々僕の勝手な思い込みである。それでも奇跡という言葉を信じるなら、今こそ起きて欲しいと願う。

またドアの呼び鈴が鳴る。そのたびに僕は振り返る。 

(また違う・・・・)

その姿を察してか、店のマスターが声をかける。 


「誰か、お待ちですか?」

「あっ・・・はい。 このお店によく来る人です・・・」

「でも今日は来ないのかも・・・」

「恋人さんですか?」


マスターの言葉にとまどいながらも、僕は小声で答えた。


「いえ、そんなんじゃ・・・でもとても素敵な人です・・・」 


(もうこれ以上の質問はやめてください!)

そう心で叫んだ。


「あの・・ご迷惑でなければもう少し待たせてもらえますか?」


僕はたとえあの人と今日会えなくても、最後まで待ち続けようと堅く決意した。


「このお店でお茶を飲んでいるあなたは大切なお客様です。そのお客様に迷惑だなんて思うのであれば、私はマスターとして失格でしょう」

「いつまでも居てください。早く待ち人が来ればいいですね」

「ありがとう・・・」


(やさしいマスターでよかった)


「そう言えばこのお店のケーキが美味しいと聞きましが・・・」

「私の妻がパテシエをしていまして。小さなお店ながら評判が良くてね」

「今日のおすすめはチーズスフレですがいかがですか?」


奥様が顔を見せにっこりと笑う。

(そろそろお腹が空いたな?)


「ひとつ頂きます、それとコーヒーをもう一杯お願いします」 


(こうなったら持久戦で粘ろう)

そして2時間が過ぎた・・・

(今日は来ないな。また来週の休みの時でも来ようか?)

店はいつの間に客も減り始め空席がめだってきた。


【 はるなの視点 】


 ようやく仕事が終わり退社したのは7時を過ぎた頃、一人帰路につく。


 私の心のもやもやは、ずっと晴れずに重くのしかかってくる。このまま家に帰るのが怖くなった。

今は少しだけでも誰かのぬくもりが欲しいと思った。

私の心の中の風が止んでいる。まるで冬枯れの荒野に一人迷い込んだ羊のように不安だけが広がっていく。


(どうしよう・・・どうしよう・・・) 

私はまるで呪文のように心の中で叫んでいた。


 気がつけばいつもなじみのカフェ “プランタン” の前にたたずんでいた。無意識に暖かさを求めるようにドアを開ける。


 店内はもの静かで僅かなお客さんしかいない。私は誰にも見られたくないように、顔をうつむきながらお店の一番奥の席に座る。

恐らく他人からは、世界一暗い女と思われてもしかたがない。今の私はそれくらい身も心も深い闇に沈んでいたから。


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