第五話『彼女の過去②』
彼が私を呼んだのは、寂しさを紛らわすために呼んだと言った。
数年前、彼は妻と娘を失った。
妻は出産した後すぐに亡くなってしまい、娘は詳しくは教えてくれなかったのだが、今は行方不明となっているらしい。
「君が帰りたいというのなら、元の世界へ帰らせよう。」
もし彼が悪い人であれば、私に帰る猶予など与えてくれないであろう。
呼んでおいたにも関わらず、そんなことを言う彼に優しさを感じた。
そっか。
私はどんな形にせよ、この人に必要とされて呼ばれたんだ。
元いた世界には私を必要としてくれる人はいない。
もしこれが偶然だとしたら、私は奇跡だと思った。
「ううん、私はあなたと居たい。」
だから私はそんな彼と小さな小屋で一緒にいることにしたのだ。
「君の名前は?」
「私は、桐沢 結衣 (きりさわ ゆい)って言います」
結衣か…と彼は小声で呟いた後、ぽんっと頭の上に手を置いた
顔は見えなくても、彼は微笑んでくれているようにも感じた。
「うん、いい名前だ。」
柔らかい声に私は、彼にどことない安心感を抱いたのだった。
彼と過ごしている時間はすごく幸せで、亡くなった父と重なって見えた。
きっと彼も私を娘と重ねて見ているのだろうと歪な形とは言え、お互いに段々と欠かせない存在となっていった。
雪に囲まれた世界で半年が経った時でも、雪は振り続けていた。
ある日、彼は窓を見つめながらぽつりと言った。
「もうそろそろ、城に帰らなければならないな。」
今更ながら一つの疑問が残っていた。
彼は私といる時、四六時中鎧を着っぱなしなのだ。
彼は一体何者?
何故ずっと鎧を着ているのだろうか。
「城って?」
それから彼は色んな事を私に明かしてくれた。
本来なら今は戦争で大変な時期なのだと。
鎧は本当の姿を見られて怯えてほしくないからずっと着ているのだと。
彼は一国の魔王という存在なのだと。
今は信頼の出来る幹部達に城を預け、自分は大切な魔王同士の会議に行っていたらしい。
この世界では、魔王は国ごとに色で分かれているらしい。
彼は黒の魔王と名乗った。
魔王の中でも黒の国は世界で一番弱く、落ちこぼれた場所だという。
私といる時でも、彼はたまに小屋を出て仕事をしていたらしい。
だが、もう会議は終わり自分の国へ帰らなければならないということだったのだ。
「なんでそんな大切な時期に…私を…?」
「大切な時期だからこそ、君が必要だったんだ。」
そう言った彼は聞いたこともない単語をぶつぶつと言い始めた。
瞬間、足元から闇のような黒い靄が溢れ出し、じわじわと身体を包んでいった。
そして瞬く間に周りの世界は変わり、気付けば暗い王室のようなところにいた。
突然のことだった。
私は小さな部屋に閉じ込められ、それから一年近く彼とは話さなくなり、顔すらも合わせられなくなってしまった。
なんで話さなくなったのか、私なりに彼の理由をたくさん考えていた。
もしかしたら私なんてもう、どうでもよくなってしまったんじゃないか。
戦争で忙しくて私に構う時間がないのだろうか。
もしかしたら、何処かへ行ってしまったんじゃないか。
でも、それは考えれば考えるほど嫌になっていった。
ある日の夜中、私のいる部屋に綺麗な女性が訪れた。
彼女はカトレアと名乗り、私をその小さな部屋から出してくれた。
「元の世界に帰るなら、今しかないですよ。」
彼女はそんなことを言った。
何故彼女が私がこの世界の者じゃないことを知っているのかは分からなかったが、そんなことを考える時間はないくらい答えを急かされている気がした。
「私、この世界にいたいです…!」
私は彼がいる限り、どんな形でもこの世界にいなくてはならないような気がした。
だからこの世界に残ることを選んでしまったのだ
後に自分が後悔することなんて考えてもいなかった。
それは彼の元へ会いに行ったときの事だった。
部屋から出て自由になった私はすぐ、王室に向かった。
もちろん、城内の構図なんて全くわからない。
だから走り回っていた。
城の中は随分と静かだった。
そして、恐ろしいほど誰もいなかった。
私はなんとか王室の前に着いたものの、部屋の扉が少し開いていたことに嫌な予感がした。
扉を開けると、そこには血塗れの彼が玉座に座って泣いていた。
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