手汗と結婚、そして息子(完結)

「病めるときも、健やかなるときも、彼女を愛することを誓いますか?」

「誓います」

 タキシードに身をつつみ、横にはウェディングドレス姿のまこちゃん。ちょっと緊張ぎみの父と母、そして夏木さんや仲間に囲まれて、神父さんに愛を誓う。緑に囲まれたレストランに、あたたかなオルガンの音が響く。ついに結婚するんだ。みんなを目の前にして、今までの手汗人生がよみがえってきた。


 子どものころ、手の汗っかきだと知ったこと。

 手をつないだら嫌な顔をされたこと。

 バチがすべってうまく太鼓がたたけなかったこと。

 おつりを渡してきた人に驚かれたこと。

 本のカバーがボロボロになってしまうこと。

 ハイタッチをさけたこと。

 彼女と手をつなげなかったこと。

 人と関わることを避けたこと。

 同じ悩みを持つ人と話をしたこと。

 手袋して車の免許をとれたこと。

 まこちゃんに出会ったこと。

 好きな人に手汗を受け入れてもらったこと。


「それでは、指輪の交換を」

 神父さんにうながされ、彼女の指に指輪をはめる。緊張で手は汗びっちょり。そんな手汗に気づいてまこちゃんが笑う。

「緊張してるの?」

 ふふふと笑って、誓いのキスをした。

 

「お父さん、今までありがとう」

 二次会で父親に感謝の気持ちとして、花束を渡すセレモニーが始まった。思い出の曲、綾香さんの「三日月」が流れる。ここまで来れたのは、いつもやさしく見守ってくれた両親のおかげ。感謝してもしきれない。感謝の手紙を読んだ後、緊張して顔が固まっている父親に花束を渡す。

「あっ、濡れてる」

 父親の手にふれると、しっとり汗で濡れていた。僕の手汗の原因が分かった気がした。父からは手汗の話をされたことはない。悩んでいないのか、僕に悪いと思って語らなかったのかは分からない。でも、もし父からの遺伝だとしても恨む気なんて全くない。毎晩遅くまでがんばって働いている姿を見て来たし、何不自由することなく育ててくれたのだから。父にはありがとうの言葉しかない。


「ごめん。手汗でふやけちゃうから書いてもらえる?」

「いいよ」

 市役所で婚姻届を出す。汗でふやけて書けないので、代わりにまこちゃんにほとんど書いてもらった。新居用に買ったソファーは、早くも手汗のあとがついている。いっしょに寝ているベッドマットは足汗でびしょ濡れ。よくこんな僕を受け入れてくれたなあ。新居の黄色いカーテンを開けると、爽やかな風が入ってきた。


 結婚して分かったことがある。子どもの頃から手汗に悩んで色々な治療法を試したけど、一番効果のある治療法は「周りの人に手汗のことを理解してもらうこと」。周りの人が手汗のことを知っていれば、手汗がバレないだろうかという不安もなくなる。「自分の病気を分かってくれている」というのは、何よりも安心だ。だから家にいるときは手汗のことを気にせずに生活できる。

 ただカミングアウトするのは相当な勇気がいるし、実際に気持ち悪がって受け入れてくれない人もいた。それでも理解してくれる人は必ずいる。まこちゃんがそうだしね。

「何むずかしい顔してるの?」

「えっ! いやあ幸せだなって」

「うそだ~」

「いやほんとだって」

「だってこんなに手汗かいてるじゃん。嘘ついてる証拠だね」

「いやいや、知ってるでしょ。これ体質だから」

「うん、知ってる!」

 二人で吹き出した。


 結婚できただけでも奇跡だけど、もうひとつ奇跡が起きた。まこちゃんが妊娠したのだ。もちろん嬉しいけど、ひとつだけ不安がある。それは「子どもに手汗が遺伝しないか」ということ。この苦労は僕の代で終わりにしたい。頼むから遺伝しないで欲しい。


「誕生日おめでとう!」

 ケーキを前に、息子の1歳の誕生日祝い。ケーキの上にはカラフルなチョコ―トの虹がかかっている。息子に代わってにローソクの火を吹き消すと、息子が目をぱちくり。その表情に思わずまこちゃんと吹き出す。息子の手をにぎり、ハッとする。湿っている気がする。息子に手汗が遺伝したのかも……。笑顔が消え言葉を失う。

「ぱーぱ」

 息子がにっこりして僕を見上げ、両手を広げている。その一点の曇りもない瞳を見て決意する。

「これから大きくなってどんなに手汗で困ることがあっても、パパとママが助けるからね。大丈夫だよ。生まれてきてくれてありがとう」

 小さくてあたたかい息子の体を、湿った手の平で思い切り抱きしめた。(完)

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手汗でごめん。でもやさしくして(手掌多汗症との闘い) 朝田新一 @asadas

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