まこちゃんへプロポーズ

 絶対行かないぞと決めていた所がある。それが「占い」と「指輪売り場」。なぜなら「占い」は見知らぬ占い師に、手汗全開の手の平を見せなければならない。知らない人に手汗を見られるのは、裸を見られるよりつらい。正直に「手と足から汗が出て悩んでます」と占い師に言えば、「前世はカッパでしょう」と言われるのがオチだ。絶対に行きたくない。

 もうひとつが「指輪売り場」。手汗にまみれた僕の指に店員さんが指輪をはめるからだ。しかもまずいことに指輪売り場の店員さんは美人であることが多い。美女に指をさわられると一気に緊張して汗が噴き出す。手汗は美人に反応してしまうのだ。

 でも今、その「指輪売り場」にいる。まこちゃんとの婚約指輪を買うのだ。もちろんペアリング。ちょっとでも指輪を見ていると美人店員が話しかけてくるから注意が必要だ。ハンカチを握りしめながら、まこちゃんに似合いそうなかわいくて大人っぽいデザインの指輪を探す。シルバーリングの真ん中にピンクの宝石。これがいいな。意を決して店員さんを呼び、指輪を確認する。ペアリングなので、はめてみないといけない。美人店員に指をさわられ、汗の玉が一気に噴き出す。しかも僕の豊富な指肉のせいでリングがビクともせず、美人店員に指をぐりぐりいじられる。「なかなか入りませんね」

 そう言う店員さんも手汗に気づいているだろうが、仕事だから我慢しているはず。本当に恥ずかしくて、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「もうワンサイズ大きいの持ってきますね」

 ああ……。早く終わってくれ地獄のフィッティング。

 手汗にまみれながらサイズの調整も終わり、ついに婚約指輪を買うことになった。レジでクレジットカードを出すと、店員さんが液晶タブレットを出してきた。

「こちらの画面に指でサインをお願いします」

 何だって? サインはペンで紙に書くものじゃないの? 指で液晶に名前を書くなんて初めて聞いた。あわててシャツで指汗を拭くが、次から次に汗が出てくる。画面に汗がつかないように高速で指をすべらせ名前を書く。でも汗の玉が液晶に残ってしまい、めちゃくちゃ恥ずかしい。まるでなめくじがはった後みたい。そして字も恐ろしく汚い。これからどんどん出てくるハイテク機器も、手汗には対応していないだろう。つらいなあ。


 夜景の見えるレストランに、まこちゃんをディナーに招待した。かばんの中には婚約指輪。サプライズでプロポーズするのだ。プロポーズのことで頭がいっぱいで、高級なお肉の味もよく分からない。コース料理が進んで、残すはデザートのみとなった。今だ。

「結婚したいな」

 そう言って指輪を渡した。

「今の、プロポーズ?」

「そ、そうだよ」

「結婚したいな~って独り言みたいに言うから」

「違う違う。まこちゃんと結婚したいんだよ。いい?」

「ふふふ。いいよ」

「よっしゃー!」

 思わずガッツポーズ。そしてサプライズのケーキが運ばれてきた。ケーキの皿には「まこちゃん けっこんしてください」とチョコで描かれている。事前に仕込んでおいたのだ。

「わ~すご~い」

「ナイスサプライズでしょ」

 得意げな顔を見てまこちゃんが笑った。

「バレバレだったよ、プロポーズ。いつもと違うかばんだし、緊張してるし」

「そうなの!?」

 ぐだぐだなプロポーズになってしまったが、結婚OKの返事をもらった。心の底からほっとした。窓の外を見ると、大きな満月が明るく光っていた。

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