手汗(手掌多汗症)、婚活始めます

 数か月前は単なる白デブだったのに、登山を始めてからなんと10キロもやせた。鏡を見ると、ほほのふくらみが消えて顔がシャープになっている。たぷたぷだった腹肉も消え去った。俺史上、今が一番かっこいい。勝負するなら今。婚活するなら今だ。婚活イベントへの参加を申し込んだ。


 婚活の朝。鏡の前でめがねを外し、コンタクトを入れる。よし、と気合を入れて顔をパンパン叩く。一人では不安なので同じく独身の知人と合流して、いざ婚活の場へ向かう。一体どんな人がくるんだろう? 売れ残ったアラサーの女性たちだろうか? 不安と期待が入り混じる中、マンションの一室の扉を開ける。

「らぶらぶクッキングへようこそ」

 部屋のコルクボードに書かれた文字に目が止まる。テーブルにはこれから作る料理の食材と思われるひき肉やパスタが置かれている。これが「お料理婚活」か。気になる参加メンバーをチラ見してビックリ。みんな若い! そして主催者の合図でテーブルに座り、自己紹介が始まった。

「山田奈津美です、ハタチです、ホテルの受付をしています。今日はよろしくお願いします」

 パチパチパチ、と参加者全員で拍手して次の方。っていうかハタチってそんなに若くて婚活するの? 見た目も普通にかわいいし、不思議だ。

「香月まこです。24歳です。ドラッグストアで働いてます」

 かわいい! ショートカットでぱっちり二重。おまけに笑顔も愛きょうがあっていい! ずばりタイプだ。

 自己紹介が終わって愕然とする。30歳の俺が最年長だった。婚活に参加するのは売れ残りのアラサー女性と思っていた自分が恥ずかしい。売れ残りは俺だった。参加者はふつうに好青年、かわいい女の子たちでどうなってるの?おそるべし「らぶらぶクッキング」。


 主催者から割り振られた料理はまさかの「フルーツポンチ」。どうやって作るの? 激しく不安になりながらエプロンを付ける。

「フルーツポンチ超簡単ですよ。もものかんづめに、みかんとりんごをまぜるだけ」

 そう言って笑ったのは、もう一人のフルーツポンチ担当、香月さんだ。ラッキー。なんとか仲良くなりたいが、歳が僕より6こも下なので話が合うか不安。胸のドキドキで早くも手汗があふれてくる。あわててエプロンで拭く。手汗よ、どうか今日は大人しくしてくれ。

 知人の男性の担当はサラダ。これまた野菜とチーズをあえるだけ。どうやら料理は誰でも作れる超カンタンなものばかり。料理でボロが出ないようにという、主催者の配慮だろう。香月さんと話を盛り上げたかったが、いかんせんフルーツポンチは数十秒で完成してしまい、手持ちぶさた感がハンパない。そのままみんなで食事をして、らぶらぶクッキングは終了……と思いきや、参加者の提案でカラオケに行くことになった。

「頑張っているからね つながっているからね」

 一生懸命、綾香の「三日月」を歌っている香月さん。思わず聞き惚れる。素敵だな、なんとか仲良くなりたい。でもさ、カラオケって話にくい。ああもどかしい。しかもカラオケは手汗の天敵。マイクに汗がべったり付いてしまう。でも何も歌わないノリが悪い人とは思われたくない。マイクを指先だけで持ち、間奏に入ったら素早くハンカチでマイクを拭き、なんとかスピッツの歌を歌いきった。

 カラオケは順番に歌っているだけであまり会話もなく、このまま終わってしまいそう。そろそろお開きに……、という雰囲気になったとき、参加者のひとりが「せっかくだからメールアドレスを交換しましょう」と提案した。グッジョブ、ナイス提案。たなぼたで香月さんのメールアドレスを手に入れることができた。

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