はるちゃんとの別れ

 気が付くと30歳になっていた。そろそろ結婚かなあ、でも正直まだ結婚したくない。一人で過ごす時間も欲しいからだ。そんな感じではるちゃんに結婚を切り出せず、だらだらと時間だけが過ぎて行く。そんな中、彼女にカフェに呼び出された。

「未来が見えない」

 そう告げられ、6年間の交際は終わった。彼女の目には大粒の涙がたまっている。僕が結婚に煮え切らないせいだ。彼女の貴重な20代の時間を奪ってしまった。結婚しようと言えなかった自分はクズだ。長すぎる春はいい結果をもたらさない。僕が知らなかった世界をたくさん見せてくれて、彼女にはただただ感謝しかない。


 なんだか気が抜けてしまった。春だというのに彼女にふられ一人ぼっち。電車の窓に映っている自分の目が死んでいる。このまま天涯孤独なオッサンになり、誰にも気づかれないまま天に召されるのだろう。 


「新一、ちょっと」

 会社のお偉いさんである夏木さんに呼ばれた。夏木さんはデスクにおもむろに地図を広げた。

「今週高尾山に行こうと思うんだけど、新一も来るか? 彼女と別れて暇だろ?」

「なんで別れたの知ってるんですか?」

「見てりゃ分かる」

 さすが夏木さん、なんでもお見通しだ。夏木さんは60歳だというのに、毎週末に山に登っている。めちゃくちゃアグレッシブで人望も厚い。僕の心の師匠だ。

 早速昼休みに夏木さんと山登りの道具を一式そろえる。値段は張ったが、山登りという新たな目標が出来て、落ち込んでいた心にやる気が芽生えた。

「その腹もなんとかしないとな。それじゃあモテないぞ」

 だぶついた腹の肉を見て、夏木さんがニヤリとする。30歳になり、腹まわりの肉がタプついてきた。このままでは白豚一直線。山に行ったらやせられるかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る