新しい仕事でも手汗が問題に

「おーい朝田、行くぞ」

 おっと、もう12時。取引先の会社に向かわないと。上司の沢田さんが手招きする。

「俺パソコン持ってくから、お前は紙袋を持って。先方へのお菓子が入ってるから。歩いていくぞ」

 うわーデパートの手さげの紙袋。手で持つところが汗でびっしょり湿ってしまう。先方に渡すものだから濡らすわけにはいかない。だからと言って沢田さんに返す訳にもいかない。歩いて15分くらいかかる。五本の指でつかんだらびしょびしょになると思い、中指と薬指の2本の指で持つ。手さげが指に食い込んで痛い。少しでも手を乾燥させるため、右手と左手でひんぱんに紙袋を持ち替える。はあ、しんどい。


「先日休みに沖縄に行きまして。ちょっとしたお菓子ですが、よろしければみなさんでどうぞ」

 沢田さんが先方に挨拶し、僕からお菓子の入った手さげ袋を先方に渡す。手汗で湿っているのがバレないかドキドキする。

「ありがとうございます。おかけください」

 ふう、とくに何も言われなかった。ひと安心。

「朝田君、君が作ったレポートだけどさ、説明してもらえる?」

 そう言うと沢田さんはートパソコンを僕にあずけた。

「はい、説明して」

 沢田さんのパソコンで説明するの!? ちょっと待って、沢田さんのノートパソコン、マウスがない! ということは指で操作しなくてはならない。一難去ってまた一難。先方が僕の指先を今か今かと見つめている。いやいやいや無理だって。突然のピンチに指先から玉の汗が出てきた。このままでは沢田さんのパソコンが僕の手汗まみれになってしまう。急いでシャツで指の汗を拭くが、次から次へと汗が噴き出してくる。マズい。苦肉の策で爪で操作しようとしたが、パソコンが反応しない。

「朝田、何やってんの?」

 もう逃げられない。震える中指を、パソコンにのせてすべらせる。沢田さんのパソコンに僕の指汗が黒く残る。まるで手汗で書道しているようだ。先方への説明どころじゃない。焦りで手の平全体から汗が噴き出す。気が付くと沢田さんのパソコンが汗の跡でまっ黒。

「このUSB差して」

 えっ? 沢田さんのパソコン、どこにUSBの差し込み口があるんだ? え~と、ここか。カチャカチャカチャ。狭くてうまくはまらない。焦りで手汗がさらに出てくる。USBまでびしょ濡れ。手先を使う細かい作業は手汗の天敵なんだよ。

 なんとかパソコンにUSBがはまって、沢田さんによる説明が始まった。ふう、やっと一息つける。先方に出してもらったペットボトルのお茶を手に取る。

 ビッシャーッ!

 手汗でペットボトルがつるっとすべって、テーブルの上にお茶をぶちまけてしまった。

「何やってんだよ」

「す、すみません!」

 あわてて沢田さんのパソコンを持ち上げるが、すでにお茶が付いている。ヤバい、パソコンが壊れる。USBも抜こうとするが、指の汗ですべって抜けない。もう一度指でつまみ、思いっきり引っこ抜く。

「うえっ」

 勢いあまって沢田さんのみぞおちに僕のヒジが入ってしまった。

「お前はもう何もするな。動くな。パソコン返せ」

 そう言って沢田さんはパソコンを取った。今のハプニングでさらにパソコンに手汗がべったりついてしまった。もう最悪。

「朝田がそそうをしてすみません」

 すると沢田さんはかばんからティッシュを取り出し、無言でパソコンについた手汗を拭き出した。

 シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……。

 沢田さんがパソコンをティッシュで拭く音だけが響く。ああ、地獄の時間。


 会社でのデスクワークは一人でやるものだから、手汗を気にしなくていいと思っていた。でも現実は違う。急に会社の人が僕のパソコンに触ってきたり、いきなり他人のパソコンで操作させられることもある。接客じゃない仕事でも手汗は大きなハンデになる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る