手汗(手掌多汗症)と電車のつり革問題
「電車内が混み合いまして、ご迷惑をおかけしております」
迷惑どころじゃない! ぎゅうぎゅうに体が押しつぶされ、胃が苦しい。押すな押すな、俺だって動けないんだよ。手から汗がべっとりにじむ。本当はつり革をつかんで体勢をキープしたいが、手汗がつり革に残ってしまうのでつかめない。次につり革をつかんだ人の不快な顔を見たくない。手汗持ちにとって電車のつり革はなんとも悩ましい存在だ。
「ギャ~。やめて押さないで!」
駅に着き、あっという間にドアの前に体が投げ出される。駅員が無理やり扉を閉め発車。後ろからぎゅうぎゅう押される。べたっ。手の平をドアのガラスに押し付けてふんばる。ドアには手の汗がべったり。満員電車のドアガラスに、汗の手形ができてしまった。その汗型を見た隣のお姉さんが驚いた顔で見ている。
ふらふらになりながら、なんとか出社。ここからルーティンが始まる。ルーティンといっても、イチローのようなかっこいいものではない。まずトイレに行き、水道で手汗を洗い流す。席に戻ったら、手汗でぬるっとしたマウスホイールを丹念にティッシュで拭く。そして手汗が固まってできたキーボードの塩を、ティッシュでこすり落とす。伯方の塩ならぬ、手汗の塩。この手汗対策ルーティンを毎日行っているのは、会社で僕だけだろう。
仕事中は、マウスの持ち方にも気を使う。指を全部マウスにのせるとびしょびしょになってしまうので、親指と小指だけでマウスを挟むようにしている。マウスを持っていない方の手の平は空にむける。少しでも手の平を乾燥させるためだ。
「朝田さ~ん、レポートできました?」
先輩の明美さんが僕の席にやってきた。
「ここの計算が分からなくて」
明美さんにそういうと、ちょっといいですか、と言って僕のマウスに手をのせた。やめて! そのマウス汗まみれだから! 心の声は届く訳もなく、明美さんはぬるぬるのマウスホイールを転がそうとして、パッと手を離した。
「なんかマウス濡れてます? 転がらないんですけど」
眉間にしわを寄せて明美さんが服で手を拭いた。申し訳なくて恥ずかしくて、体が熱くなる。女性に手汗がバレるなんて、最悪だ。
「この数字を足して……」
手汗がバレたのでは? という不安で、明美さんの説明は全く頭に入ってこない。一刻も早くマウスから手を放してほしい、そしてティッシュで拭かせてほしい。僕の願いはそれだけだ。
「分かりました?」
全く分からなかったが、ありがとうございますと答えると、明美さんは席に戻っていった。すぐにマウスホイールに指を乗せると、やっぱり汗で濡れている。明美さんに手汗を気持ち悪がられたに違いない。はあ。事務仕事でも手汗バレの危険があるなんて。
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