社会人編(完結)

手汗の就職 手汗が仕事にも影響

「みんなで手をつないで輪になって!」

 なんだこの研修。新入社員同士で手をつないで社訓を叫ぶって……。入社する会社を間違えた。

「そこ早く手をつないで!」

「はっ、はい」

 名前も知らない同期社員2人と手をつなぐ。ヤバい手汗がバレる。逃げ出せない地獄のシチュエーション。

「それではご唱和ください。いつでもお客様のために!」「いつでもお客様のために!」

 やばい、手汗がどんどん出てくる。手をつないでる2人にも絶対バレてる。

「いつも笑顔をたやさずに!」「いつも笑顔をたやさずに!」

 笑えるかよこの状況で。頼む早く終わってくれ。

「クリンネスでいつも清潔に!」「クリンネスでいつも清潔に!」

 怪しい宗教団体にしか見えない。今すぐ辞表を出したい。ああ、手はびちょびちょだ…。

 唱和が終わった瞬間、手をつないでいた同期の2人はハンカチで手をふきだした。両隣の二人が僕の手汗をふいている。いたたまれない……。


「おい、さっさとドル箱持って来いよ」

 うるせえババア、と内心で文句を言いつつドル箱を取りに走る。そしてランプを消してババアにドル箱を差し出す。そしてババアから渡されたパチンコ玉がずっしり入った箱を床に置く。するとまた遠くの呼び出しランプが光り出した。走って向かう。

「ねえ、この台こわれてるんじゃないの? 朝から一回も当たってないんだけど」

 知らねえよ……。はあ、なんでこんなに忙しい店に配属されたんだろ。本当についてない。


 パチンコ屋を辞めたいと思いながら、一年が過ぎた。やる気もなく、ただただ惰性で働いている。ドル箱の上げ下げで腰も痛めてしまった。

「当たってんのに玉が出てこねえぞ」

 バンバン素手でパチンコ台を叩くおっさん。画面を見ると確かに7が揃っているのに、玉が出ていない。これはヤバい、体全体から汗がドバッと出る。インカムでフロアにいる山下マネージャーに助けを求める。

「山下さん、フィーバーしてるのに玉が出てません」

「台の中開けて見て」

 おっさんにどいてもらい、パチンコ台の中を見るがさっぱり分からない。

「山下さん、どこがおかしいのか分かりません」

 体中から汗が噴き出す。

「悪い。俺もお客に呼ばれたから自分でなんとかしろ」

 ええっ? 無理っすよさっぱり分からない。

「おい兄ちゃんいつまでやってんだよ、フィーバー終わるだろうが」

 細かい部品を外そうと、パチンコ台の裏側に指をのばす。ああっ、手汗で指がすべって部品がどこかにいってしまった。マズい。しゃがんで床に顔をつけ部品をさがすが、見当たらない。パチンコ店の大音量の中、しだいに頭が真っ白になっていく。

「なにやってんだよ新一!」

 背中を叩かれギョッとして見上げると、山下さんがいた。横には顔を真っ赤にして山下さんにまくし立てる客がいた。

「お前もういいから向こう行ってろ」

 山下さんにそう言われ、その場所を離れる。ランプが光って客が呼んでるけど、体が動かない。俺は役立たずだ。何もできない……。

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