手汗(手掌多汗症)オフ会始まる

 さて、行くか。ズボンにハンカチを入れて、オフ会の待ち合わせ場所、池袋に向かう。怖いので早めに目印の場所に行き、あたりを見回す。当たり前だが、ふつうの人と見た目は違わないので、誰がオフ会参加者か分からない。ちょっと遠巻きから様子を見ることにした。

 集合時間の夕方の6時になった。もしかしたらあの人たちだろうか? 首にタオルをかけ、何やら紙を持っている人がいる。そしてそのまわりに数人の男女が集まっている。おそるおそる近づいてみると「よしさん」と声が聞こえた。「よしさん」は幹事の名前だ。間違いない。勇気をふりしぼり、声をかけた。

「すみません、手の平のみずうみのオフ会ですか?」

「そうです! お名前は?」

「しんちゃんです」

「お~、しんちゃんか! よしです、よろしく」

 そう言うとよしさんは握手を求めてきた。ドキッとしたが、おそるおそる手を差し出し、握手した。にこっと笑うよしさんの手も湿っている。

 新鮮な感じがした。今ここに集まっているのは、みんな手に汗をかいている人。目の前を通り過ぎる人たちとは違う世界にいるのだ。

 参加者がどんどん集まってくる。今まで掲示板でしかやりとりしていなかった人が目の前にいて、しゃべっている。手にタオルをにぎりしめている人もいる。すでに和気あいあいとしているのは常連の方のようだ。掲示板でよく見るハンドルネームの人のリアルな姿を見て、なんだか面白い。イメージ通りの人もいれば、ええっ? と思うギャップの激しい人もいる。わいわい盛り上がっている常連の方のまわりには、初参加と思われる人見知りな人たちがもじもじしている。かくいう僕も同じで、なかなか輪に入れない。

「じゃあ、時間なんで移動しますよ。みんな付いてきてくださ~い」

 幹事のよしさんの後について、一次会の焼肉屋にぞろぞろと向かう。焼肉屋ではまず、よしさんがあいさつした。

「お忙しい中、ありがとうございます。幹事のよしと言います。今回は15人もの方がオフ会に参加してくれました。なかなか手の汗の話を聞く機会はないと思いますので、話をして交流を深めてもらえばと。ちなみに横にいるみついさんはETS手術済みです。手術に興味のある方は話を聞いてみてください。まあ難しい話は抜きにして、とりあえず乾杯しましょう。かんぱ~い」

 ぎこちなくビールの入ったグラスを合わせる。順番に自己紹介が始まった。

「ほいみんです。主婦です。汗の出る所は主に手の平で、レベルは2くらいかな。好きな物はゲーム。手に汗かくけどやめられません。一番好きなゲームは、もちろんドラクエ」

 掲示板でのキャラの通り、ゲーム好きというワードが出て参加者から笑いが起こる。

「トオルです。汗は手と足と脇……全部ですね。レベルは3です。手術しようか迷っていてオフ会の参加を決めました」

 レベル3、という言葉に衝撃を受けた。最高レベルの汗の量だ。外見はふつうの兄貴って感じだけど、手にはしっかりタオルが握りしめられている。

「みついです。さっきよしちゃんから紹介があった通り、ETS手術済みです。手汗は全く出なくなりました。手術に関しては満足してます」

「代償性発汗ってどうなんですか?」

 参加者から質問が飛ぶ。

「手術をしたら、背中と太ももから汗が出るようになりました。タオルはいつもかばんに入れてます。ただ私は代償性発汗の辛さより、手汗が止まったことの喜びが大きいので、手術をしてよかったと思ってます」

 パチパチパチと拍手が起こった。次に目の前にいるやさしそうなお兄さんが自己紹介を始めた。

「ひろしと申します。仕事はサラリーマンで、汗が出るのは手と足です。レベルで言うと、2くらいかな。一時期は本気で手術しようかと悩んで暗かったんです。でもオフ会に出て皆さんとお話することで前向きになれました。今は手術も考えていません。ですので皆さんもどんどん交流してくださいね」

 ひろしさんだ! 掲示板での紳士的なコメントと実物とのイメージもぴったり。勇気を出して話かけてみた。

「ひろしさん、はじめまして。しんちゃんと言います」

「君がしんちゃんか。好青年だね。ブイブイ言わせてるんじゃないの?」

「ははは、そんなことないですよ。彼女もいないですし」

「本当に~? しんちゃんは手汗?」

「そうです」

 ひろしさんに手の平を見せた。

「僕も同じくらいかな、ほら」

 そういうとひろしさんが手を開いた。手の平全体にしっとり汗がにじんでいる。汗のレベルは僕と同じくらいだろう。他人の手汗を初めて間近で見た。まさか自分と同じ症状の人がいるなんて。不思議な気持ちだ。

「でもここに来るとみんな仲間だから、汗の量が減るんだよね」

 そう言ってひろしさんは笑った。確かにここではみんな汗っかきだから、手汗がバレるという余計な心配はいらない。

「なに男同士で盛り上がってんだよ~」

 目がすわった女が乱入してきた。よく見ると女子3人組みだ。ハンドルネームを聞くと、サトちゃん、はるちゃん、そして目が据わっているのはエリンギ。3人とも20代前半で同世代。手汗で悩んでいるので参加したという。エリンギは名前の通りパンチが効いたキャラで、髪型もボンバーヘア。なぜか僕によくからんでくる。サトちゃんは受け答えがしっかりしていて、よく笑い、素直でいい子という感じ。はるちゃんは、丸顔で目がぱっちりしていて、なんといっても声がかわいい。ってここ、合コンじゃないよな。

「ひろしさんはどうなのよ、オンナの方はさあ」

「何もないって~。勘弁してよ」

 エリンギがひろしさんにからむ。ここまでくると単なるよっぱらいだ。あくまで紳士的に対応するひろしさんは大人だ。

 でもなんか変な感じ。こうして話をしていると、みんなふつうの人に見える。人生を楽しんでいて、ちっとも汗で悩んでいないように見える。はたから見たら僕もそうなのだろうか?

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