手汗とフォークダンスとこねこね女
「レッツ、キス、ほほよせて♪」
あの陽気なメロディーを聞くと憂鬱になる。これから手汗の天敵、フォークダンスの授業があるからだ。同じクラスの女子と手をつながなくてはならない。手汗がバレる地獄のダンス。
目の前にはクラス一のおしゃべり女の水戸がいる。手汗がばれたら一日でクラス中に広まってしまう。手をゴシゴシ体操服で拭いて気持ちを落ち着かせる。するとあの恐怖のメロディーが流れ出し、ドキドキしてきた。キスするつもりも無いしほほをよせる気もない。一刻も早くダンスを終わらせたい。崖に飛び込む覚悟で水戸の手を指先でそっとさわる。これなら手汗もばれないかもしれない。そう思った瞬間、水戸がくるっと一回転して、俺の手をガッチリ握った。ねちょっ。水戸の手に汗がべったりついた。
「キャー!」
そう言って水戸は汗のついた手の平を拭いた。
「超手汗かいてんじゃん。ねばねばしてキモイんだけど」
ごめんと言って水戸から逃げて、急いで体操服で手汗をふく。気を取り直せないまま、すぐさま次の女子がやってくる。密かに気に入っている木村だ。なんて不運なんだ、水戸には嫌われてもいいけど、木村に嫌われるのはキツい。そっと木村の手に指をそえる。そして彼女がくるっと周り俺の手をつかもうとしてきた。手汗がバレる! とっさにパッと手をよけると、木村がバタンと倒れてひざから血が出ている。
「痛い。なんで逃げるの?」
ごめんと言おうとしたが、口から出てこない。涙目になっている木村を見てやりきれない思いがこみ上げる。俺だって手汗さえなければ、フォークダンスを楽しめるのに! 好きな子と手をつないで楽しいはずなのに! なんで普通の人からしたら楽しいことが、つらいことになるんだよ!
「レッツ、キス、ほほよせて……」
彼女が欲しい! でも手汗のせいで付き合えない。クラスの連中を見ても、けっこうカップルがいる。きっとあらゆるエロいことも経験済みなんだろう。童貞は俺だけなんじゃないか? 本気で焦る。手汗のせいで恋愛に積極的になれない。デートに誘うなんて夢のまた夢。うまくいったとして、手を繋がれたら困るし。好きな子に手汗を嫌われたら立ち直れない。ああ、この負のループはいつまで続くの? 仕方ない、今日もAVを借りに行こう。AVに詳しくなりすぎて、矢野さんからは「AVソムリエ」の称号を頂いてしまった。全然嬉しくない。そんな矢野さんは年上の彼女とラブホに行っているらしい。年上の彼女、ラブホ。童貞の俺とはステージが違いすぎて想像すらできない。
そんな僕のあんまりな姿に同情し、矢野さんが合コンを開いてくれることになった。合コンでモテるために、新しく服も買った。七分だけの短パンに素足のサンダルで決めてみる。鏡をみる。イケてるじゃん。合コンに繰り出そう。夏の太陽も俺を祝福してる。
カーッと強い日差しで体が焼かれそう。体中から汗が噴き出してくる。待ち合わせのファミレスの前には、矢野さんが仁王立ちしている。
「ねっちょ、ねっちょ、ねっちょ」
足の裏から汗がしたたり、サンダルがねちょねちょ言い出した。
「新一、みんな集まってるぞ。早くこいよ」
矢野さんに向かってダッシュすると、足が汗でずるっとすべりサンダルが舞い上がる。むきだしになった足の裏がギンギンに熱くなったアスファルトで焼かれる。
「熱っ、熱っ、熱っ」
はだしでアスファルトをぴょんぴょん飛んで、すっ転んだ。
「新一、おまえは何をしているんだ?」
「みきで~す」
ドキッ。正面のみきちゃん、かわいい。合コンには彼氏ができない残念な女しかこないと思っていた。ところがどうよ、目がぱっちりのセミロング。ほんのり茶髪で大人の雰囲気。くぅ〜、学校にはいないタイプ。「ほんとに彼氏いないのかよ」という矢野さんのツッコミにも「いないよ~」。「じゃあ新一なんてどう」「いいかも~」矢野さんナイスパス! ファミレスの店員がおしぼりとメニューを置いていく。
「新一君は食べ物何が好きなの?」
「メロン」
「私もメロン大好き! 気が合うね」
その瞬間、みきちゃんから握手を求められた。時が止まる。握手したら手汗がばれてしまう。でも意気投合しそうないい感じなのに、握手を拒むわけにはいかない。おそるおそる震える手を差し出した。
ねちょっ。
「ひっ」
緊張で汗がいつもより出ている手をにぎって、みきちゃんは声にならない声をあげた。
「やっぱメロン好きじゃないかも」
みきちゃんはそう言うとおしぼりで手を拭き出した。俺の手汗を気持ち悪がられたのはあきらかだ。目の前で手を拭かれたショックで言葉が出ない。
こねこねこねこねこね……。
すでに30分以上みきちゃんはおしぼりで手を拭いている。まるでおにぎりをにぎるようにおしぼりをこね続けている。よほど俺の手汗が嫌だったのだろう。そろそろおしぼり置いてくれよ、お願いだから。みきちゃんは矢野さんと話しているときも、延々おしぼりで手を拭いている。その光景をずっと目の前で見せられて、笑顔を忘れただただ黙って座るお地蔵さんになった。かさ地蔵ならぬ、手汗地蔵である。
にぎにぎにぎにぎにぎ……。
ついにみきちゃんは、最後までおしぼりで俺の手汗を拭いていた。何かに取り憑かれたように拭き続けていた。手汗が気持ち悪いのは分かる。分かるけどさ。彼女にはこう言いたかった。
「手汗でごめん。でもやさしくして」
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