高校生編

手汗とおつり問題

「いざ尋常に、勝負!」

 ガチャガチャガチャ。ゲーセンで格闘ゲームに集中し、指でレバーを回す。うおっ、やべっ。まだまだ。必殺技で勝負! ダダダダダ、ボタンを連打する。ふおおおおお! だが僕が操作しているモンスターはボコボコにされてしまった。後ろで待っていた人に席をゆずる。

「うわっ」

 そう言って振り返り僕をにらみつけ、手をズボンでゴシゴシ拭いている。レバーに僕の手汗がべったり残っていたのだ。申し訳なくて急いでゲーセンを出る。手汗のせいでゲーセンもまともに楽しめないなんて。高校に入ってから、毎日ゲーセンに通っている。バスケ部をやめて暇だし、ゲーセンは一人でも楽しめるから気が楽だ。手汗では苦労するけど。


 コンビニに寄ってポテチでも買って帰ろう。レジにはきれいなお姉さん。やっべ、お姉さんに手汗ばれたくない。レジからくるっと引き返し、奥の雑誌コーナーに戻る。急いでハンカチで手汗をふく。これで大丈夫。レジに戻りお姉さんにポテチと1000円を渡す。お姉さんはポテチを袋に詰め出したが、思ったよりスローな動き。やばい、もう手汗がでてきた。おつりをもらう時にお姉さんに手汗を見られたくない。でもまた引き返したら万引き犯と疑われそう。仕方なくお姉さんの前で広げた手の平は、汗で超光ってる。やべえ。

 お姉さんはおつりを渡そうとしたが僕の手汗に気付き、はるか上空から手の平におつりを落とした。

 チャリーーーーーーーーン。

「お姉さんはきっと、汗まみれの手にさわるのが嫌だったんだ」

 汗にまみれたおつりをギュッと握りしめる。きれいなお姉さんに拒否られて、ズーンと心が沈む。おつりは手汗の天敵だ。おつりの受け渡しはトレーでやらせてほしい。そうすれば直接手をさわらずに済むし、お互い嫌な思いをしなくて済むのに。たまに手をぎゅっと両手で包むようにおつりを渡してくる人がいるけど、本当にやめてほしい。その後にギョッとされ手をふかれるのがオチだ。

 コンビニを出ると、どんよりした雲に覆われている。まるで今の気持ちみたい。こうなりゃやけ食い、ポテチを取り出し袋を開ける。

 ズルッ。ズルッ。ズルッ。

 手汗ですべって袋が開かない。くそっ。思いっきり力を入れて袋を引っ張ると、袋は真っ二つに裂け、ポテチは宙を舞い無残に土の上にばらまかれた。

「どこからでもカンタンに開けられますって書いてあるのに……」


 ガサガサガサ。

「無い、英語の教科書が無い」

 机の中をどれだけ漁っても、英語の教科書がない。英語の授業は予習しておかないと、先公の野寺に授業中立たされる。目立つし絶対に嫌。仕方ない、となりのクラスの長岡に貸してもらおう。

「あーいいよ。野寺かご愁傷さま」

 ありがとう長岡、でも困った。借りた長岡の教科書を手汗で濡らすわけにはいかない。俺の教科書は、もれなく手汗でよれよれ。とくにクラス全員の前で「走れメロス」を読まされた国語の教科書はガビガビ。まるで野原に捨てられたエロ本みたいに。


 でも野寺だから、予習しとかないとヤバい。長岡の教科書に手汗をつけないように、左のページを爪で押さえ、右のページはなるべく指の腹で押さえないようにする。とにかく指が紙に乗ったらアウト。魚拓ならぬ汗拓がついて、ページがよれよれになってしまう。

 キーンコーンカーンコーン。

 やっべ、もう時間かよ。ぜんぜん予習できてない。ガラガラと扉が開いて、野寺が教室に入ってきた。今日もめがねの奥の眼光は鋭く、そして見事にハゲている。

「では前回の続き、49ページから。それでは有馬君、読んでください。スタンダップ」

 最初のいけにえは有馬か。かわいそうに。シーンと静かな緊張感が張りつめる中、有馬が立ち上がる。詰まらずに最後まで読み終えた。

「グッド。きちんと予習してきたようですね」

 やるな有馬。先のページを見ておかないと。汗をつけないように次のページをめくる。ひえー、読めない単語だらけ。次に当てられたらジエンドだ。

「じゃあ次、55ページから。石野さん、読んでください」

 ふ~、助かった。時間的に今日はもう当たらないだろう。どうした? 石野が立ち上がらない。具合でも悪いのか?

「先生、わたし昨日読んだばかりです」

「そうでしたか、ソーリー。それじゃあ……」

 野寺が誰に当てようかと物色している。慌てて教科書で顔を隠す。

「ミスター朝田、スタンダップ」

 ノー! なんで俺なんだよ。石野さん今日も読めよ! 慌てて起立すると、指先から玉の汗がじわっと出てきた。まずい、長岡の教科書に手汗をつけるわけにはいかない。頭がパニックになり、どこを読んだらいいか分からない。

「55ページから。早く読んで下さい。あなたが読むのをみんな待ってるんだ」

 そんなこと言われても困る。

「え~っと、アイリーブイン、エウロペ」

「エウロペではない。ヨーロッパ」

 くすくす……。みんなに笑われてる。顔がカーッと熱くなってきた。何だこの単語、なんて読むんだ? 10本全ての指が水道になったように汗が出てくる。

「なぜ予習をしてこない? 予習をしてくれば問題なく読めるはずだ」

「すみません」

「なぜ予習をしてこないかと聞いているんだ」

 そんなこと言われたって。まさか今日指されるとは思ってないし。

「そのまま立ってろ」

 オーマイゴッド。みんなの前で立たされる屈辱。恥ずかしすぎる。がっくり肩を落とし教科書を机に置く。

 あっ!

 長岡の教科書が汗ふやけてぶよぶよになってる!まずい、ティッシュでふこう。ゴシゴシ、ゴシゴシ、ビリッ。

「ああっ!」

「なんだね? 大声を出されると授業の邪魔なんだが」

「すいません」

 破れた教科書を見てがく然とする。長岡すまん。泣きっ面にハチって、英語でなんて言うんだろう? クライングフェイスオンザビー…?

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