手汗と恋愛

『ラブストーリーは突然に』って歌があったけど、まさにそれ。女子バレー部のあーちゃんと付き合うことになった。矢野さんがあーちゃんを紹介してくれて、なんだか分からないまま付き合うことに。人生初の彼女だ。でも女子と付き合うってことは手をつなぐってことでしょ? 手汗がバレる! 絶対気持ち悪がられる、どうしよう。


 初めてのデート。学校では見たことが無い、あーちゃんの私服。白いスカートのひらひらにクラクラ。くりくりした目で見つめられてドキッ。こういう時、男から手をつなぐべきだよな。でもダメだ、手をつないだら手汗がばれて嫌われる。やばい、どんどん手汗が出てきた。あーちゃんから手をつながれたらどうしよう? それはまずい。手をサッと後ろに隠す。

「新一君、聞いてる?」

「えっ、ああ。ボーリング楽しみだよね」

 やばい。話が頭に入って来ない。手汗が心配で面白いことも言えず、すぐに会話が止まってしまう。あーまずいよ。無言のままボーリング場についた。レーンに立つあーちゃんの後ろ姿をながめる。かわいい。あーちゃんが僕の彼女だなんていまだに信じられない。

 ガッコーン。

「やったー!ストライク」

 あーちゃんが笑顔でハイタッチを求めてきた。やばい! ハイタッチをしたら手汗がバレる。でもハイタッチを拒否するなんてできない。顔がひきつる。指先だけでハイタッチをして、すぐにシャツで手をふく。今度は僕の番だ。ストライクを取ってカッコいいとこ見せるぞ。

 ボールを指に入れピンに狙いを定める。ボールを持った腕をぐいんと後ろに伸ばし、レーンにボールを投げる。

「キャー」

驚いて振り返ると、僕のボールがあーちゃんに向かって一直線に転がっている。あっという間に彼女のスネに直撃した。

「痛いっ!」

ボーリング場にあーちゃんの悲鳴が響いた。ごめん、指の汗ですべってボールがすっぽ抜けてしまった。

「じゃあね」

 そう言って別れたあーちゃんの顔は真顔だった。手を振ろうと振り返るのを待っていたけど、あーちゃんは振り返らなかった。手をつながれないかヒヤヒヤしてるだけで、全く盛り上がらず、人生初のデートは終わった。


「本当に好きなのか分からなくなった」

 あーちゃんにそう言われ、速攻でふられた。はああああああ、ショックで何も食べられない。ヨーグルトしか入ってこない。あっという間にほっぺたがこけた。失恋のショックって奴か。はあああああああ。この前のデートがまずかったんだ。手汗ばっかり気にして全く盛り上がらなかったし。手の平を見ると、汗が水滴になって光ってる。この手のせいだ! 手汗さえなければ、堂々と手をつないでデートできるのに。この手じゃ一生恋愛なんてできない!


「ごはん出来たよ~」

 お母さんが呼んでる。だからご飯なんて食えねえんだよ。リビングに行くと、大盛りカレーが。

「こんなに食えねえよ」

「そう? いつも食べてるじゃない」

「今日は無理!」

「なんで? どうしたの?」

 頭にカーッと血が上る。怒りを抑えきれずスプーンを皿に叩きつける。

「なんで俺だけこんな手がびちょびちょなんだよ! お母さんの遺伝のせいだ! マイナスな所を受け継いだんだ! 何で産んだんだよ!」

 お母さんのまゆげが八の字になった。困っているときの顔だ。

「ごめんねえ。毒を出す漢方買ってきたから飲む?」

「そんなので治るわけないだろ!」

 ガシャン! 近くにあったケータイをぶん投げて部屋に戻る。うわあああああああ! 枕に顔をうずめて絶叫する。


 学校で机にほおずえをつきながら、ボーっと窓の外を眺める。

「あれっ!?」

 あれはあーちゃん。知らない男と歩いてる。よく見ると、手をつないでる。しかも指をからませる、恋人つなぎってヤツ。ドキドキして手汗が噴き出してきた。俺と別れてまだ1週間もたってないのに。そうか、そういうことだったのか。やっぱり手をつなげないと女子とは付き合えないんだ……。ほおずえを外すと、手汗で顔がびっちょり濡れている。はあ。これじゃもう彼女をつくるなんて無理だ。


「私たちは今日、大きな希望を胸に、この中学校から旅立ちます」

 卒業式だからみんなに合わせてそう言ったけど、大きな希望もクソもない。僕の希望はこの手汗が治ることだけ。誰からも欲しいと言われなかった、学ランの第二ボタンがくすんでる。手汗でテカテカに光ったズボン。パッとしない中学生活だった。手にした卒業証書は、早くも手汗でふやけていた。

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