足汗とラッパー気取り
ダンダンダン、キュッキュッ。体育館にバスケットボールのドリブルとバッシュ(バスケットシューズ)の音が響く。今日の試合は負けたくない。ライバル校との戦いだからだ。敵を背にしてパスを受け、ターンしてジャンプシュート。
「ナイスシュート!」
よっしゃ、入った! すぐにボールを追いかける。敵のパスを矢野さんがカットする。
「新一!」
矢野さんからのロングパスをダッシュでつかみ、そのままシュート! ボールはゴールに吸い込まれた。
「わーっ! 勝った! やった!」
いやあ先輩、ナイスシュートでしたね。後輩の言葉に思わずにやける。ホカホカのバッシュをぬいで、体育館を出て水道で顔を洗う。あ~、冷たくて気持ちいい。試合で勝った後って最高!
体育館にもどると、後輩が集まっている。みんな苦しそうな顔をしてる。中にはせきこんでいる奴もいる。勝ったのにどうした?
「先輩のシューズから、納豆のにおいがします」
嘘だろ? バッシュに納豆なんて入れてねーよ。負けた相手が嫌がらせで入れたんじゃないの? バッシュを手に取りそっと鼻を近づける。
「おえええええええ」
腐った納豆のにおい! マジで臭い。目にキタ。急いでバッシュを袋に入れてトイレにかけこむ。湿ったにおいがプーンとのぼってくる。後輩のみんな、ごめん。
バッシュは蒸れるから臭いのは当たり前だけど、俺のは臭すぎる。なんで? 靴下をさわると、汗でしめってる。もしかしてと靴下をぬぐと、足の裏と甲まで汗の水滴がびっちょり。靴下のにおいを嗅いだら、プチゲロが胃から上がってきた。
「うえっぷ。足汗のせいだ……」
手汗と同じくらい、足からも汗が出る。この世に神様なんていない。だって手汗だけでもつらいのに、足汗までぶっこんでくるなんて。バッシュに制汗スプレーを大量に吹きかけ、袋に入れて封印した。
「愛してる~♪」
その後バスケ部のみんなでカラオケ。カラオケは大好きだけど、素手でマイクをさわらなきゃいけないのが困る。まともに握ったら、マイクに汗が残ってしまう。次の人に手汗がバレる。バスケ部だって、矢野さん以外には手汗のこと言ってないし。マラカス係に徹しようかと考えたけど、汗で濡れたマラカスを他人に握られたらアウト。タンバンリンは叩くたび、リアルタイムで手汗が飛び散りそう。ここは大人しく気配を消そう。
「おい新一、暗いぞ。歌えよ」
ちょっと待ってください矢野さん、勝手にサザン入れないで! イントロが流れ出す。もう逃げられない。マイクに汗をつけないように、親指、人差し指、中指の3本でそっと持つ。
「何だよそのマイクの持ち方。ラッパー気取りかよ」
違うんです先輩、かっこつけてるわけじゃなく、汗がつかないように指だけで持ってるんです。手の平でマイクを握ったら汗べったりなんです。歌には自信があるけど、マイクに付いた手汗が気になって集中できない。ヤバい、歌ってる間にどんどん手汗が出てくる。
やっと間奏に入った。ジュースを飲むふりして、マイクをそっといすに置く。そして急いでハンカチで手をふく。間奏は手とマイクを乾かすチャンスタイムだ。
そのままラッパースタイルで歌い上げる。早めに歌い終え、音楽がなっている間にみんなに隠れてテーブルの下で手をササッとふく。ふう、何とかやり終えた、これで大丈夫だろう。
次の宮野が歌い出したと思いきや、大音量で叫んだ。
「何このマイク濡れてんだけど! 濡れてんだけどぉ 濡れてんだけどぉ」
エコーが響いて恥ずかしい。ごめん宮野、それ俺の手汗。マイクの手汗は拭ききれなかったか。もうこんな手、嫌。
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