初めてのテストと内田有紀
「それでは一時間目、国語のテストを始めます。テスト用紙を後ろの人に回してください。机の上にはシャープペンシル、消しゴムだけ置いてください」
初めてのテスト、緊張する。前の席からテスト用紙が回ってきた。やばい、指の汗がテスト用紙についちゃう。あわてて学ランのズボンで指をふく。
「おい朝田、早くテスト回せよ」
後ろの席から声がかかる。ごめんごめん。汗が残らないように素早く後ろに回す。
「試験時間は45分。残り10分になったらお知らせします。それではテストを始めてください」
何々? 次の文章のひらがなを漢字にしなさい。「いっしゅんのかがやき」ってどういう漢字だっけ? う~ん、分かんない。時間がないし、とりあえず飛ばして下の問題に行こう。この問題は簡単、答えはAだ。
……ビリッ!
「あっ!」
思わず声が出た。
「どうした朝田?」
先生が近づいてくる。
「だ、大丈夫です」
ほんとは大丈夫じゃない。テスト用紙が手汗でふやけて、シャーペンで書こうとしたら破れてしまった。次の問題の解答欄も、すでに手汗でぶよぶよ。用紙が汗でしめって波打っている。これじゃ答えが書けない。
なんてこった! シャーペンを持つ右手は常に浮かさないといけないのか。っていうか左手も用紙の上に置いちゃいけない。少しでも用紙に手を置いたら、手汗で濡れて書けない。あ~問題が頭に入って来ない。「この時の主人公の気持ちはどのようなものか答えなさい」。知らねーよ! 俺の気持ちがパニックだよっ。
「残りあと10分で~す」
もうそんな時間!? でも手汗が気になって問題に集中できない。学ランで手をふいても、汗はどんどん噴き出してくる。
キーンコーンカーンコーン。
テスト終了を告げる無常なチャイムの音。終わった……。口から魂が抜けていく。
「朝田~。追試な」
先生の冷たい声と共にテストが返ってきた。バリバリ赤点30点。違うんだ先生、手汗のせいで実力が発揮できないんだよ。でもそんないい訳、恥ずかしくて先生には言えない。問題に負けたんじゃない、手汗に負けたんだ。悔しくて机をバンバン叩いても、窓の外ではむなしくカラスがカーカー鳴いている。
「ラッキ~ラッキ~ 天下取ってみせるよ~♪」
芸能人だ! 内田有紀が歌ってる。すごい人の数。人気あるんだな。うお~と矢野さんは声をあげて興奮してる。ライブが終わりに近づいてきた。内田有紀との握手はもうすぐ。やばい超ドキドキしてきた。手汗が止まらない。
「内田有紀ちゃん、やっぱ超かわいいな」
そう言う矢野さんの後ろに付いて、内田有紀が待つステージへぞろぞろ歩き出す。どうしよう、握手したら内田有紀に手汗がべったり付いちゃう。あと10人くらい。シャツで手汗をふく。あと5人、あと3人……。近くに内田有紀が見えてきた。やばい芸能人がすぐこそにいる。手の平の汗がドバッ! と出た。
「これ使えよ。有紀ちゃんに手汗つけたら殺すぞ」
矢野さんがタオルをくれた。ありがとう! あっという間に矢野さんの番がきて、僕はタオルでゴシゴシ手をふく。次の方どうぞと係の人にうながされ、内田有紀の顔が目の前に。
ガッチーーーーーーーーーーーン。
内田有紀に両手でガッチリ握手され、体が固まってしまった。拭いたはずの手の平から、じわっと手汗が出た。僕のびしょしょの手を握ったまま、内田有紀は大きな瞳でこちらをガン見している。すごい目力。ああっ、絶対に手汗がべったり付いたはず。ごめんなさい!
「いや~、やっぱ有紀ちゃんかわいいな~。顔が豆粒くらいじゃね?」
感動する矢野さんの横で僕はショックを受けていた。手汗が付いて気持ち悪いはずなのに、力強く手をにぎってきた内田有紀。本当に申し訳なくて、気持ちがズーンと沈んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます