第13話「報告すること」

『もうこんな話なんてやめましょう!

ああ、もう気分悪いわ』


スプリスは機嫌が悪そうにワインを一気にあおった。


「それもそうでございますな。

拙者も少し反省し申した…」


いつの間にか起き上がっているコタロウを周囲の皆は当然とばかりに流している。

コタロウは黒焦げだった衣装もいつの間にか元通りになり、何もなかったかのように席についている。


『あー…あんたはそういうやつよね。

ほんともうどうやったら死ぬの?

まじで炭にすればいいの?』


「若気の至りにございますスプリス様。

どうかお許しになってくだされ。

リドルゲン殿も、数十年越しの謝罪でございますが…」


「…ま、あの時はお互いそういうところはよくわかってたしな。

そりゃあの時はあれで死ぬ思いをしたけどよ。

今じゃいい思い出だ、気にしちゃいねえ。

…俺はね?」


そういってリドルゲンはスプリスをちらりと見る。

コタロウは頭をかきながら下げ、スプリスに謝意を告げた。


「許してくだされスプリス殿…」


『…ま、今に始まった話じゃないしね。

この席に免じて許してやるわよ、昔の話だし』


「おおよかった!

では拙者のコレクションはこのまま所持ていてもよろし」


コタロウが懐から取り出した下着らしき布切れはすべて瞬時に灰とかした。


「あらー…」


『こいつをばらばらにして犬に食わせるのってどう思う英雄?

死ぬかな?こいつ死ぬかな?』


唐突に話を振られ、私は苦笑いを浮かべる。

席の皆も私の様子が面白かったのか、徐々に笑い始めた。


そして小さく手を上げて、皆の視線を集める。


「それでは、次は私が」


『英雄が?

…えー、もうこの話はおしまいって言ったじゃない。

私あなたのカミングアウトなんて聞きたくなんだけどな。

いままでの話を聞いてると』


「うち一つはお前が降った話だぞ似非神族」


ガヴリノールが嘆息しつつ横やりを差した。


「それで?」


そして私に向き直り、話の続きを促してくる。


「いや、これは告白というより報告なのだが…」


私はそこで一拍置いて話を区切る。

皆の視線はこちらに向いている。


「…私ももう歳だ、動けるうちにやっておきたいと思っていたのだが。

振り返りの旅に出ようと思っている」


「振り返りの旅?」


ガヴリノールが声を上げる。


「どういうことだ?

今から旅に出るというのか?」


「ああ、実はな。

ふと思い立ったのだよ、私があの旅で訪れた国、町や村。

それに出会った人々に、もう一度会ってみたいとな」


「…」


それを聞いたガヴリノールは声にならないといった顔で驚いた。


「ひとりで…行くつもりなのか?」


「ああ、みなそれぞれ立場がある。

私のわがままに付き合わせるのはな」


「…しかしな、あれからもう数十年がたつ。

お前の会いたい人や、街並み、そのすべてが変わっていると思うぞ」


「ああ、それでもいいんだ。

あの旅は私の人生だった。

まだ足の動くうちに、それを振り返りたい」


「アーロン様…」


アレクが寂しそうに声を上げた。

私はアレクを優しく見つめると、彼もまた困ったように微笑んだ。


『ふーん。

ま、いいんじゃない?

あんたがそうしたいんならさ、私たちに止める権利はないわよ』


スプリスが小さく手を振りつつ答える。


「ああ、止められても行くつもりだった。

私も70になる。

それにもう…、こうして皆の顔を見てから旅に出ようと思ってな。

おそらく、もうここには帰らない」


『…勝手にすれば?』


スプリスは短くそう言い放った。


「…デルケたちは知っているのか?」


ガヴリノールがそう聞いてくる。


「ああ、実はもう知らせてある。

デルカには…教えておらんが」


「家はどうする?」


「息子たちが管理してくれるそうだ。

幸い、ここは王都からほど近い」


「…抜かりなしということか。

よくもまあ、私たちに相談もなしに話を進めていたものだ…!」


ガヴリノールの言葉の端々には明らかな怒気がにじんでいた。


「ゆうじゃざま…」


グロッズが心配そうな声を上げる。


「グロッズ、もちろんお前の国にも訪れるつもりだ。

あそこにはセーラが好きな花畑があった。

それにそなたの父上にもお会いしたい、あの方には返しても返しきれない恩がある」


「…あ”あ”!

あ”あ”!わがっだ!!」


「また私に、あのうまい肉料理をふるまってくれるかグロッズ」


「あ”あ”!…あ”あ”…!」


グロッズは涙を流しながらに頷いた。


「…やはりあなたは勇者だ。

我々が思ってもないことをなさるのですね」


アレクが私の左手を両の手で包み込むように握る。


「ああ、アレクよ。

西国のあの小麦畑、あの風に揺れる黄金を忘れたときはなかった」


「ええ、そうでしょうとも!

あれは我が国自慢の穀倉地!

あなたがもたらしてくれた技術でもっと広く美しくなっていますよ!」


「小さなお前に手を引かれながら眺めたあの光景を、私は忘れたことがない」


「はい!今度はあなたが飽きても離しませんから!

我が国自慢の名所をすべてめぐってもらいますからね!」


「ああ。

なあ、アレクよ。

私たちが誓い合ったあの風車、あれははまだあそこに建ち、黄金の風を一身にうけているのだろうか?」


「…ええ…ええ!

どんなことがあっても、あの風車だけは、どんなことがあっても!

けして…けっして…!」


アレクは大粒の涙を私の手に落としながらうなずいた。


「コタロウよ」


コタロウは話を始めた時からうつむいていて、決して頭を上げなかった。


「コタロウよ。

そなたと初めて会ったあの港町を覚えておるか?」


「…」


「さっきの話といい、お前はよほど月に縁があるのだな。

あの時もお前は月夜の晩をそれはそれは優雅に飛び回っていた」


「…」


「私はまた、あの港町から見える、水平線に浮かぶ月を見てみたい。

そこにお前がいないのは寂しいが、きっと月は私にあの美しい姿を見せてくれるだろう」


「…ずるいなあ、あなたは」


コタロウが口を開いた。


「…主様…そんなお話をされたら、されてしまったら…。

恩を返しきらぬまま終わってしまったあの旅…返せぬなら消えてしまおうと…。

生き恥をさらし…こうしてようやくあなたのもとに…」


コタロウの頭巾から水滴が一滴落ちる。


「…あなたはまた拙者をおいて、行ってしまうのですね…」


コタロウはうつむいたままつぶやいた。


「リドルゲン」


「ああ!やめてくださいよ!

おれがしみったれたのは苦手だって知ってるでしょ?

あ、そうだ!

旅に出るってんならぜひうちに寄ってください!

旦那には見せたいものがいっぱいあるんだ!」


「そうか…」


「俺の船…あー覚えてるかな?

船首にマーメイドがいるやつ!

俺、下っ端のころあの船の船長になるのが夢だって言ってたでしょ?

成れたんすよ船長に!

旦那にはぜひ乗ってもらいてえんだ!」


「ああ、もちろんだとも」


「海のあるとこなら俺が…おれが…」


「ああ」


「俺がどこへでも連れてくからさ…。

来てくれよ…俺の国に…。

やっと…やっと、あんたに胸張って見せられる俺になったんだよ…」


「ああ、ああ」


リドルゲンは目を抑えてうつむいた。

酒瓶が小刻みにちゃぷちゃぷと揺れる。


「ガヴリノール」


「なんだ、友よ」


「旅の始まりの地、ミルレシアで最初に通った宿屋。

覚えているか?」


「もちろんだとも。

年上のくせにお前は一銭も宿代を払わず、いつも私に出させていたな。

王の息子だからと。

全くお前は昔から勝手な男だった」


「はは、そうだったな。

あそこを再び出発の地にしようと思っている。

今度は見送りの形になるが、来てくれるか?」


「おうとも。

軍隊楽団を引き連れ、荘厳な音楽で追い出してやる。

覚悟しておけ、民衆には花を投げつけさせるからな」


「…ああ、楽しみにしておこう」


「そして、旅が終わったら必ず帰ってこい。

父上に負けぬ祝宴を開いてやる。

必ず、私が生きているうちに帰ってこい、約束だ。」


「…ああ、約束だ友よ」


ガヴリノールはにこりと微笑むと、酒を一気にあおり宙を見上げた。


「シャルラ」


「もう酔いは醒まされましたから、何を言われても平気ですよアーロン」


「そうか」


「ええ」


「…」


「…」


「…またエルフの森に、君に会いに行く。

待っていてくれるかい?」


「…うふふ、アーロン。

エルフの森がここからどれだけ遠いか忘れちゃったの?

もうおじいちゃんなんだから、無理はしないほうがいいわ」


「それでも、私は君に会いに行くよ」


「…ええ。

もちろん、お待ちしてますわ。

アーロン、光の息子。

あなたのことをいつまでも」


シャルラはそういって微笑んだ。


「スプリス」


『しらない』


「君は覚えているだろうか、精霊の森で私に首飾りをくれただろう」


『覚えてない』


「私が一度死んだとき…あれがよみがえりの石だと知ったときには、君はもうこの世にいなかった」


『しらない…』


「本気で私を案じてくれていた。

私は君に一度命を救われたんだ。

今日もしあえたなら、君に感謝を伝えようと思っていた」


『いらないッ!!』


「私の大事な親友、君は私の人生の恩人だ。

ありがとう、スプリス」


『いらないったらぁッ!!』


スプリスの周り黒い黒炎がほとばしる。

その一つが私の頬に当たる。

鼻に肉の焦げる匂いがつくが、気にしてはいられない。


『感謝なんていらない!

だったらずっと私たちの…私のそばにいてよ!

よみがえりの石なんて私がいくらでも集めてあげるから!

ずっと…ずっと私のそばにいてよ!

約束したじゃない!』


「…」


『一人でどこに行こうってのよ!

…行くことないわよ。

だって…ここにみんないるじゃない…』


私は立ち上がり、体の周りに黒炎を纏わせたスプリスの前に立った。


「これは仕返しだ」


そういって自分の頬を指差し、スプリスの頭をコツリと小突く。


『!』


するとスプリスの周りに漂っていた黒炎が見る見るうちに消え失せていく。


『…』



「…いったーい!

なにも殴ることないじゃない!

ちょっとくっついただけなのに!」


「はっ!仕返しだよ仕返し!正当防衛です!

毎度毎度テントに忍び込んでくるやつがなにいってんだ!

お前はサキュバスかなんかか!

俺の気を引きたきゃもっと…こう…」


「なによ?」


「う、うるせ!

いいから早く寝ろ」


「やだー!あんたと寝るー!」


「黙って寝ろ!」


ガン!


「いたーいーッ!

この分からずやー!」


「どっちがだ!!」



『…………ふふふ、やっとあんたらしい言葉が聞けた思ったら。

びっくりしたわ、こんなタイミングでそれをいう?

なんの脈略もないじゃない』


「そうかな?」


『そうよ。

…あんたはいつもそうやってくっついてわがままを言う私を突き放してた。

私覚えてるんだから』


スプリスは私の背中に小さな手をまわし、抱きついた。


『いいわよ、もう。

あんたの勝手にしたらいいのよ』


スプリスはそういうとそれ以上は何もしゃべらなかった。

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