第11話「在りし日に思いを馳せて」
アレクを迎えて席についた我々は、開いていた杯を再び酒で満たし、それぞれ手に持つと一様に目を閉じた。
シャルラが口を開き、エルフの言語で祈りをささげる。
私もその内容については詳しくないが、シャルラが言うにはこれは神に分かたれた友人との再会を感謝する神言であるらしい。
あの旅の中で何回もこれを耳にした我々は懐かしさの中で目を閉じ、在りし日に思いをはせていた。
「セーラに」
シャルラがそうつぶやき、杯をかかげると、卓の仲間全員が同じように声を上げはじめる。
「セーラに」
ガヴリノールが宙を見つめ、大きく杯を掲げる。
『セーラに…』
スプリスが静かに、そして優雅に杯を掲げる。
「セーラ殿に」
コタロウが小さな酒器を高く掲げる。
「セーラに!」
グロッズがダンと樽ジョッキを叩いてから掲げる。
「セーラ嬢に」
リドルゲンがチヤポンと音を鳴らしてビンを掲げる。
「セーラ様に」
アレクが目に涙をためて杯を掲げる。
「…セーラに」
そしてわたしも杯を掲げた。
そして酒がすべて零れんばかりに杯を打ち合わせた。
「今ここに、勇者一行がふたたび会いまみえたことを祝します」
シャルラがそういったのを合図に皆が酒をあおる。
「ぷはっ!
ああ、やっぱりうまいな…どんな酒よりも」
リドルゲンが涙を目にためて息をつく。
「ええ、本当に。
まるであの時に戻ったかのようです」
アレクが私に酒を注ぎ、皆を見回して言う。
『あらわんわん、あなたはあの時お酒飲めたの?
ムリじゃないの、お子様だったから』
スプリスの言葉にアレクがムッとする。
「いやいやいや、それは突っ込まないのがご愛敬ですぞスプリス殿!
まあ、確かにそうでござったが!」
コタロウが笑いながらに言う。
「ふん!
いいのです私は、あの場にいられたことこそ我が誇り。
それに私だってあの時のリンゴジュースの味を忘れたことはありませんよ」
「おでが持ってきたリンゴジュースだ!
うまくであだりまえだぞアデグ!」
グロッズがアレクに肩を組み、アレクもそれに嬉しそうに応じる。
「ふふ、そうかそうか。
ああ…あの時の祝宴、あれが皆で杯を酌み交わした最後の日であったな」
ガヴリノールが私の注いだ酒を受けながらに言う。
「今も昨日のことのように思いだす、魔王討伐を成し遂げた我々に、父上が開いてくださった王宮の祝宴を。
万雷の拍手、人々の笑い声、子供たちの笑顔を」
ガヴリノールの言葉に、皆が思い思いにあの時の光景を思い浮かべる。
「ああ…覚えてるぜ。
海賊をやめて海運をはじめて…先王様に頼まれた祝宴の酒の輸送は俺にとって魔王討伐の次に大きな大仕事だった。
…だからマジであの酒はうまかったなあ」
リドルゲンが酒瓶に自分を映してつぶやく。
「ええ、感無量でしたなぁ…初めて影が日向に出た時でござった」
コタロウが杯に移る自分の顔を見ながらにいう。
「おで、あのどきほど…うだげがおわらなぎゃいいな…ッでおもっだどきはない」
グロッズがエールを勢いよくあおり、髭を撫でる。
『…あの時の英雄とセーラの披露宴…見られなかったのが本当に心残りだわ』
「スプリス…」
私はスプリスの言葉に思わず声を上げてしまう。
『あ、か、勘違いしないでよね!
隙をみて英雄をさらっちゃおうかなとか、考えてただけなんだから!』
スプリスは頬を赤らめて腕を組み、そっぽを向く。
「わしもいまだから話せる話だが、私はお前にセーラも婚姻も先を越されて悔しくてな。
だからあの後すぐ隣国の姫と婚姻を結んだのだ」
「あれがそうなのか!?
本当かガヴリノール!
私は心から祝っていたといいうのに…」
私は驚いて声を上げた。
「お前がセーラを好いていたのはどことなく気づいておったが、はあ…奥方もそれでは報われまい」
「お前にいわれとうないわ。
…ふん、いいのだ。
その後、わしはセーラを忘れるほどにあいつに惚れたのだからな。
まあ、これも強がりにすぎんか」
「…お前の恋情に気づいてからはお互い衝突も多かったからな。
ま、私も『勝ったな』という感情がなかったわけではないが?」
「お前それを今言うのか!?
…あ”-ッ!
やっぱりお前を殺してでもセーラを嫁にもらうんじゃった!!」
『あ、私もそれは一部どうかーん』
「恐ろしい話はやめてくださいよ…一応神様と王様でしょう」
アレクがあきれた声で二人を制止する。
「『恋に神も王もないッ!』」
「す、すいません…」
アレクが理不尽な攻撃を受けてへこんでしまう。
「私はあの時全然お酒を飲めなかったから全然楽しくなかったわ!」
シャルラが顔を真っ赤にして大きい声を上げる。
「だってアーロンが私に立会人をしてほしいなんて言うから!
私、あの後ミルレシアの司祭に囲まれて全然飲めなかったんだから!」
シャルラが立ち上がり、こちらに来て怒りによるものか、酔いによるものかわからない赤ら顔を向けてくる。
「それに…わたしだってアーロンと結婚したかったもんんんんん…。
ふええぇぇん…」
そういってシャルラは私の胸に顔を突っ込んで泣き出した。
私はあまりの衝撃に身動き一つ取れなくなる。
『あー、言っちゃった』
「うわ、衝撃の告白にござる!」
「勇者様モテモテだ」
「ああ、わしはもう生きる気力をなくした…」
「…ああ、これは荒れるぞきっと」
「ゆうじゃ…」
皆の冷めた目が私に突き刺さる。
私は何とも居づらくなってシャルラの肩に手を当ててとりあえず離れてもらおうと思ったが。
「………アーロンがすきだったんだもん」
エルフの女王たる威厳をかなぐり捨て、私の胸に飛び込んできたシャルラのその言葉に再び身動きできなくなる。
私は非常に元も子もなく、かつ非情な言葉だとわかりつつも、シャルラの背中にすまんなと告げることしかできなかった。
シャルラは小さく「…うん」とだけいい、すこしのあいだこのままでいさせて、とだけいってしばらく無言のまま動かなくなった。
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