第9話「宴と酒と」

『だーかーらー!

あの時あんたがテントに入ってさえ来なければ!

私は英雄と既成事実を…!』


「え”!?

あんだっで!?

ズプリズ、おめなにいっでんのがぜんぜんわがんねえぞ」


『上等だてめえの耳に杖突っ込んでその垢まみれの耳穴風通し良くしてやる耳だせこらー!』


「やんややんや!

あ、店員さん!

おちょうし3本追加でござる!」


「だれが店員だ!

わしはミルレシア王ガヴリノールであるぞ!あがめんか!

あー…わしも孫と爺らしいことしたい…アーロンずるい…」


「オメーラいい加減にしろ!

俺たち海賊のほうがまだ礼儀正しく酒飲んでッぞ!

あ、やめて!

お嬢コップ投げないでいたい!」


下の階に降りてみると、飲んでいた連中はすでにこれ以上ないまでに出来上がっていた。


「あ、主殿!

拙者が東国より持ち寄りましたるこの酒!

冷やして飲むとあらゆる病に効き!

温めて飲めば天狗タケもびっくりの滋養強壮になるという!

まさに酒は万薬の長を体現したようなお酒にござる是非ご賞味を…ってああ!?

もう空ッ!?」


『あー…?

酒は冷やそうが温めようが酔えりゃいいのよ酔えりゃ』


「あー!スプリス殿あなたそれでも酒の神でござるか!?

あー…拙者がこれを手に入れるためにどんなに苦労したか…」


『どうせ人殺してうばったんでしょうがあ』


「悪人はいくら殺してもノーカンにござる弁償しろー!」


「がっはっは!

ざけはエールがいぢばんだぞ!」


「うう、拙者シュワシュワは苦手にござる…」


「ならワインだ、ワインを飲め。

私が持参した国庫秘蔵の銘柄だぞ。

熟練のブドウ農家が神の国より持ち帰ったとされる赤ブドウを用い、最高の土壌ゆえに農家同士で戦争が起こった畑で昼夜を問わず管理栽培され、バッカスの化身たるギガスの職人たちが作り上げた最高のワインを50年熟成させたものだ。

これ一本で国が買えるとまで言われるものを、わしが数十年前神代の王に譲り受け…」


『ふーん、でもなんか渋くない?』


「スプリスゥゥゥゥゥゥウウッ!?

き、きさままさか封を開け…ッ!?」


「甘味があって美味しゅうござるが、やっぱり我が国の酒のほうが…」


「エールがいぢばんだ!」


「ガヴリー…?

俺はおいしいと思うよー…?」


「あ、ああ…ワシが今日この日にそれの封を切ることをどれほど楽しみにしてたか…!

お前らにわかるかぁぁぁぁぁぁあああッ!!??」


ガヴリノールが剣を抜き、テーブルに足を掛けて振り回す。

ああこれはまずいな、そろそろ止めるか。


ガインガインガインガインガインッ!


シュー…


誇大表現でなく、シャルラの鉄拳を振り下ろされた五人の頭からは摩擦による煙が上がっていた。


「お酒は楽しく、仲良く、そして礼儀正しく飲みましょうね」


「「「『はい…』」」」


「なんで俺まで…」


リドルゲンが涙を流してつぶやく。



「そういえば」


シャルラが唐突につぶやく。


「私で最後ってわけではないでしょう?

アレクは今日は来ないの?」


『あー…えッと』


スプリスが訳ありげに口を濁す。


「アレクは今日は遅れるそうだ」


私がそう告げると、シャルラはふーんといってワインを含んだ。


「アレク殿ですか、懐かしいですなぁ。

彼も今はきっと、西国の国王。

騎士の王として頑張っているのでしょうか」


コタロウが東国の酒器である小さな器にワインを注ぎつつ、つぶやく。


「あれも生真面目で馬鹿正直なところはあったが、確かに王たる素質はもっていた。

おそらく今もあの煩わしい笑い声を轟かせながら馬を駆り、平原の平和を守っているのだろうよ」


ガヴリノールも先ほどの件がようやく落ち着いたのか、ワイングラスを手の中で転がしながら思いをはせている。


「アレクなあ…俺はよくあいつから馬の乗り方を教わったもんだけど。

あいつ厳しいんだよなあ、これがまた。

…なにしてんすかねえ、あいつ」


リドルゲンが酒瓶を傾ける。


「おではあいつすぎだ。

あいづはおでのようなドワーフ、そでにぎらわれだ種族もみんなあいじでぐれる。

おではあいづだいずぎだ」


グロッズはエールの入った樽ジョッキをあおりつぶやく。


「そろそろ…二人を寝かせつけねばなるまい」


そういえば、デルケのロレンの姿が見えない。

当たりを見回し探してみると、二人はしばらく前から、あの騒動から避難していたのか、別室のソファで眠りに落ちていた。

私はシーツを掛けてやると、部屋を後にし今度は二階へと歩き出した。

二階の部屋ではデルカとファッジはすでに話しつかれて眠りに落ちていた。

私は二人を抱え上げ、干して乾かしてあるシーツを張ったベッドに静かに降ろした。

二人は静かな寝息を吐き、眠っているのをみて微笑むと、静かにその部屋を出た。



下に降りると、席に6人姿はなく、皆一様に立ち上がり、玄関の前で立っていた。

何事かと思い、私も玄関に立つと、そこには背の高い、フードをかぶった大男が立っていた。

外では雨が降っていたようで、男が体に纏ったローブはぬれていて、水滴が滴っていた。


「…」


6人はそんな状況にもかかわらず、皆一様に穏やかな表情でその男を見つめている。

そう、私たちは彼の到着を待っていた。

私はその男の前に立ち、こうつぶやいた。


「遅かったじゃないか、もう酒を飲みほしてしまうところだったよ」


「いやあ、ちょっと機会をうかがってまして。

ほら、小さい子供や皇太子ご夫妻はびっくりしちゃうでしょう?

…遅くなり申し訳ありません、皆様方。

西国アルマー国王、アレクサンド・ダンタリオ、招待状に応じはせ参じました」


そこには優し気な目をした、しかし人間と違う、黒々とした毛を生やしたオオカミの顔がそこにあった。

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