第8話「こどもたち」
私の家の二階は、主に亡き妻が機織りを行う際に用いていた部屋だ。
妻の織る布地は森の外にある村の住人に大変評判がよく、王族との付き合いができてからは彼らにも数度織ってくれていたものだ。
今はもう、古びた機織機と小さな衣装ダンスが寂しく置いてあるのみだが、デルカとファッジの二人はどこからか見つけてきたのか、古い基盤遊戯の駒を用いて遊んでいた。
「やあやあ我こそは、古き地下の王たちを束ねし地族の王!鉄のドランなり!
悪鬼にさらわれし人間の姫君を救いにまいった!
…鉄の王ドランはそう強大な悪鬼にそう啖呵を切りました」
「ふわぁ…」
どうやらファッジはデルカに、駒を用いたドワーフの昔物語を聞かせてやっているようだった。
丁度今、話に出てきた鉄の王ドランはドワーフ族に伝わる伝説的な王で、ミルレシア南方に広がるドワーフ、コボルト、ギガスなどの地族連合を作り上げた賢王である。
彼はドワーフという閉鎖的な種族にしては珍しく、大変に社交的な王で若かりし頃に世界を巡り、旅で得た経験をかわれてやがてドワーフの王となった。
その時、数人の妻の一人に人間の女性を迎えた話は、ドワーフのみならず、われわれ人間の間でも情熱的な恋物語として語られる。
彼の社交性は人間のみならず、他の種族にもいかんなく発揮され、やがて彼は南方の様々な小種族を束ねる王となった。
どうやら今はその人間の妻を悪鬼から取り戻す節を語っているようだ。
「すると悪鬼は言いました。
地の底ののろまな肉だるまめ!
その大口を我が爪で切り裂いてくれる!
人間の姫君はそれを聞いてドランに逃げるよう叫びましたが、ドランは一向にそれに耳を貸しません」
「ど、どうしてドランはにげないの?」
「デルカ、それはね。
ドランはその人間のお姫様に恋をしてたからよ」
「こい、こいってなに?」
「うーん、それはまだデルカには早いかな」
「楽しそうなところごめんね二人とも」
丁度話の間に入れそうなので声を掛けてみた。
「おじいちゃん!
ファッジってすごいんだよ!
僕が今まで聞いたことのない話をいっぱいしってるんだ!」
駆け寄ってきたデルカが珍しく興奮しているので、少しあっけにとられたが、頬を少し赤く染めてそう語る彼は大変愛おしく、私はその小さな頭を撫でた。
「ありがとうファッジ、孫は君のことを随分と気に入ったようだ」
「私も人間の男の子と話せて楽しかったわ!
デルカったら私の話す話をみんな喜んでくれるから、話すほうも張り合いがあるの!」
「あら、あなたたちがデルカにファッジなのね」
すると私の後ろからシャルラが顔をのぞかせた。
「うわあ!
凄いきれいな人ね、勇者様!」
ファッジは彼女のことを知らないのか、シャルラに詰めよって目を輝かせている。
「ふふ」
「あら、そこはそうだろう?って言ってくれるところじゃないの?
…ファッジ、ちょっとこちらにおいで」
シャルラはファッジの目線に合わせて屈み、にこりと微笑みかける。
ファッジはすっかり彼女に魅せられたようで、目をキラキラとさせて見つめている。
「地の王グロッズの娘、ファッジ。
その北方の星空のように輝いた双眸からは輝く未来を感じます。
あなたにガイアの導きがありますように…」
シャルラはそう言ってシャルラはファッジの額に手を当てた。
するとそこに淡い光が生まれ、ファッジの額に吸い込まれるように消えていった。
「う、わぁ…!
お姉さんは女神さまなのね!」
「うーん…ちょっとちがうかな、美しさはどっこいどっこいだと思うけどね?」
シャルラの冗談にも目を輝かせてききいるファッジ。
「お、おねえさんはえるふ、えるふだよね!」
今度はデルカがファッジの後ろから声を上げる。
「あら、よくわかったわね。
あなたがデルケーラの子、デルカね。
ふふ、本当にアーロンの小さいころにそっくり」
シャルラはデルカの頭にポンと手を乗せ、髪をすこし撫でた。
「え、えほんでみたことあるんだ!
おじいちゃんの本!」
「え?それはガヴリノールの本?」
「ううん、アーロンおじいちゃんの本だよ」
「え?
アーロン、あなた本になってるの?」
それは私も初耳だった。
「おばあちゃんが書いたんだって、お父さんがいってた」
「…そう、セーラが」
シャルラはその言葉に微笑んで、私のほうに振り向いた。
「そんなものがあるなら読ませてくれてもいいじゃないアーロン」
いや、初耳だったのだ。
セーラが私に内緒でそんなものを書いていたとは。
「私も知らなかったんだよ」
「おばあちゃん、えがすごいじょうすなんだよ!」
私の知らない妻の、セーラの特技を聞いて思わず顔がほころんだ。
「私も、それは一度読んでおきたいな」
「こんどもってくるよ!
ぼく、ちょっとならじぶんでよめるようになったんだ!」
「あら、それなら私も聞かせてもらいたいわ」
「うん!」
元気にそういって笑うデルカをみて、シャルラは微笑み彼の額に手を当てた。
「デルケーラの子、デルカ。
あなたのその柔和で暖かな瞳は、懐かしき友を思わせます。
願わくばあなたが、明るく温かい日の差す道を歩めますように」
そういうとデルカの額にまたあたたかな光が灯り、そして吸い込まれるように消えていった。
私は今は使うもののいないその部屋の片隅、机の上で優し気な表情でペンをとっている妻を想像し、思いをはせていた。
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